“メールが変れば会社が変わるマナー向上で広がるチャンス”

株式会社アイ・コミュニケーション
代表取締役
平野友朗

インタビュー: 2014/07/04

筑波大学人間学類(認知心理学専攻)卒業後、広告代理店勤務を経て、2003年に日本初のメルマガ専門コンサルタントとして独立後、2004年、アイ・コミュニケーション設立。ビジネスメール教育の第一人者として知られ、メールを活用したブランディングや販売促進、ウェブマーケティングの分野にまで支援の幅を広げている。2013年には一般社団法人日本ビジネスメール協会を設立。ビジネスメール教育の専門機関として、講師の養成と認定を行い、日本初のビジネスメール教育の普及に尽力する。

生年月日:
1974年
出身:
北海道
出身校:
筑波大学

- 生い立ちについてお聞かせください。

北海道で生まれ、親の転勤で道内を転々とした後に群馬県高崎市に引っ越しました。小学3年生の時、ファミコン代わりに当時最新型だったパソコン・MSXを買ってもらい、BASICからゲームを組み立てることに夢中になって、プログラマーになりたいと思っていました。でも、一つ上の兄が私の知らない言語を使って次々とゲームを仕上げていく様子を見て、「敵わない、やめよう」と(笑)。高校は、高崎の進学校(理系大学向けコース)に通っていたのですが、急に周囲に頭がいい人が増えたため、だんだんとやる気が失せ…全く勉強についていけなくなったんです。この時、迷ったり悩んだり自分の思考がめまぐるしく変わる経験をしました。そのうち、「これは自分の心について勉強した方が良いのでないか?」と思い始め、筑波大学で心理学を勉強することに決めたんです。大学では教育者を目指す人が多く、同じ道を選ぶほど私は優秀ではなかったので、心理学を活かして社会や人に影響を与えるような仕事がしたいと、広告代理店に入社しました。

- そこから起業に至るまでの道のりは?

入社後数年が経った時、営業から内勤に異動をして、ウェブサイトの企画や経理、イベントの企画運営など、経営以外の業務全般はこの時にほぼ学ぶことができたんじゃないかと思うくらい多数の仕事を経験しました。そんな時、「自分には何のスキルもないけれど、人に使われるのも嫌」という気持ちが芽生え、会社を辞めて飲食店でも始めようかと安易に考えるようになりました。そこで、店のオープンに合わせてお客を先に集めておこうと会社を辞める1年前から「いい店の見分けポイント」を紹介するメルマガを個人で発信し始めました。結局、資金不足で飲食店の開業は諦めましたが、会社を辞めた時に読者の方から月契約でアドバイスがほしいという依頼があったんです。それまで商品は頭を下げて売るものだったのに、「ほしい」と買ってくれる人がいることに驚きました。メルマガの読者を増やして広告収入が集まり始めると、周囲のメルマガ発行者からアドバイスを求められるようになり、2003年に“メルマガコンサルタント”を名乗り始めました。それ以降、メルマガの専門家として着々と知名度を上げることができたと思います。実は最初、幅の広い仕事ができそうだと“ウェブコンサルタント”という肩書にしていたんですが、誰も何も聞きに来ない(笑)。結局、専門性を高めた方が信頼してもらえるということがわかりましたね。10万人の読者を獲得した後、メルマガで人を集めてもサイト自体がしっかりしていないとダメとか、メルマガ発行者自身のブランディングもした方がいいとか、メルマガだけでは解決できない問題にも気づきはじめました。その後、メディア露出や出版や著作のアドバイスをするうちに自然と仕事の幅も広がっていき、メルマガからビジネスメールの領域にシフトしたというわけです。

- メルマガのプロからメールのプロになったきっかけは?

“ビジネスメール”をテーマに本を出させてもらったことが始まりです。究極のメルマガとは結論、1対1の「メール」であること、自分が感じてきた「メールマナー」についてなどを書かせていただき、この本がきっかけで取材や講演会の依頼が来るようになりました。当時はビジネスメールのマナーを教えてくれる場所も本もなく、普通のマナー本の最後に少し書かれている程度。内容も「拝啓に始まり、敬具で締める」などとズレたものばかりでしたから、当然といえば当然だったのかもしれません。「業界ナンバーワンになるには、毎月セミナーを開いて著作は5冊、メディアに100回取り上げられていること」などの目標を自ら設定し、逆算して実行に移しました。小さい会社ながらも広報担当者を採用して露出方法を工夫するうちに、少しずつ「ビジネスメール」というコーナーが書店にもできるように。その頃に、「ビジネスメール」と「ビジネスメールコミュニケーション」という言葉の商標も取得し、「自分はこの分野で生きていく」と腹をくくりました。

- (一社)日本ビジネスメール協会を立ち上げ、代表理事を務めていらっしゃるお話をお聞かせください

次第に私ひとりで数多くのセミナーや研修に登壇することが限界になり、代わりに教えられる講師の養成が急務となりました。もともとは、弊社が認定する形で講師を養成していましたが、企業の認定講師では憚られることもあり、2013年に日本ビジネスメール協会を設立。現在は、協会が講師の養成と認定を行っています。私が社会人になった1997年頃は、メールアドレスも会社で一つ・3日に一度誰かがチェックするくらいで、メールの利用時間は1日平均5分以下でした。でも今はIT化が進み、効率も上がっているはずなのに、メール対応で1人平均2時間も使っている。1本の電話で済むところをわざわざ時間をかけてメールにしていたり、メール対応に時間をかけて仕事をしている気分になっている人も大勢います。これが業務効率の低下を招き、最近ではメールを禁止する企業も出てきているほど。今、日本で取り組むべきはメール時間の短縮であり、そのためにはメールテクニックの向上が必須です。型を身に付けて30分短縮させることができれば、経済効果も大きいはず。そのためには一人でも講師を増やし、ビジネスメールのセミナーがいつでも受けられるような環境を整えることが必要です。ビジネスメールに関する著作やセミナー回数、メディア露出などを積極的に増やし、社会全体のビジネスメールのレベルをもっと高めていくこと、正しいマナーを広めていくことが弊社のミッションだと思っています。

- ビジネスメールマナーは学生にも有効でしょうか?

弊社のオフィスにセミナールームを併設しているのも、毎日社内でセミナーを開けるようにして、受講希望者のニーズに応えたいと思ったからです。毎日セミナーを開催していれば、都合もつきやすくなりますよね。すでにビジネスメールを使っている社会人はもちろんのこと、就職活動中の学生さんなどにも役立ててほしいです。余談ですが、弊社の入社試験にはメールの項目があります。メールのやりとりを見ると、その人に一般常識やマナーなどの「基本」が身についているかどうかがわかるんです。テンプレートをそのまま流用している方もいますが、敬語や文章が多少間違っていても自分の言葉で書いている人に好感を持ちますね。少し前は、メールはビジネス文書の電子版と捉えられていました。でも今では気持ちをこめて気遣いも見せるべきだという、直接のやりとりに近い存在に変わってきている。ちょっとした一言を書けばコミュニケーション上手になるのに、下手に書くと「馴れ馴れしい」と思われる。この匙加減はセミナーでよく話しています。また、将来的には就職活動で役立つような資格を設けたいとも考えています。

- 社員のメールスキルは企業そのものに影響を与えるのでしょうか?

もちろんです。例えば、不動産などは扱う案件が高額なので、メールのやりとりにも非常に気を遣う業界。弊社クライアントさんの例ですが、東京にいながらにして沖縄のお客様とメールのやりとりだけで家を一軒買っていただいたという話がありました。恐らくこのお客様は、売り込まれるのがイヤで、メールを判断材料に数社からこの会社に絞り込んだのでしょう。最近はお客様自身がメールに慣れていることが多く、メールを見ただけで「気が利かない」「いい加減」など、担当者のプロファイリングもできてしまう。担当者とお客様がやりとりしているメールを共有し、担当者のメールを添削させてもらったところ、担当者のメールスキルは格段にアップしていきました。このようにメールで信頼関係を築くことができると、当然ビジネスにもプラスに働きます。信頼関係を築くメールは、つまるところ「思いやり」があるかどうか。自分が言いたいこと・伝えたいことばかりを書くのではなく、お客様の返信の一行から意図や気持ちをくみ取ることが大切です。スマホでスタンプや単語のやり取りに慣れた世代には難しい部分もあるでしょうが、同世代だけで仕事が成り立つことは皆無ですからね。メール添削では、「てにをは」から丁寧に修正します。若くて優秀で性格のいい子たちが不用意なメールで誤解され、損をしているのは勿体ない。上司からは「お客様ともっとコミュニケーションをとるように!」と言われて一生懸命メールを書く。でも、お客様からは「こんなメールを書いてくる会社とは付き合いたくない」と思われてしまうという悪循環。何としても負の連鎖を断ち切らなければ、一人前のビジネスパーソンに成長させることはできません。

- 会社設立の際に思い描いた理想の会社像のようなものはありましたか?

弊社名「アイ・コミュニケーション」のアイの意味には、インターネットのiと自分のI、そして愛情の愛と色々な意味を持たせており、インターネットの世界でも愛情のあるコミュニケーションをとりたいという思いが根底にあります。また、「きちんとした会社にしたい」という思いも強く、社員2名の時から就業規則もつくりました。サービス残業は叱るし「休日出勤も払いたいから払わせろ!」と言います。社員は一生面倒をみよう、そのためには死ねない、とまで思っていますから(笑)。

- 順調に事業を成長させていらっしゃるという印象ですが、失敗談はありますか?

生まれて初めての講演は、「メルマガ」について15分ずつ2人のメルマガ発行者が話すというもので、私は2番手でした。1人目の方がノウハウについて話し、ネタが完全に私と丸かぶり。仕方がないので、私は差分だけを話したら時間が余ってしまいました。ちょうど、最前列に知人が座っていたので、その人を檀上に上げて「僕はもうネタがないので、この人に喋ってもらいます」と急きょ代わってもらったことがありました。今はさすがにこんなことにはなりませんが、当時はこれしかできなかった(笑)。ここから学んだのは、全てのことが「何とかなる」ということ。「しまった」と思っても、時間は流れて1時間後には終わっている。だから、「何とかしよう」とさえすれば、どんなピンチも「何とかなる」もの。この言葉は、私の座右の銘のようにもなっています。

- 起業を志す人へ、何かメッセージはありますか?

「まずやってみよう」と言いたい。私は目の前の選択肢を一つずつ選んで進んできました。一つ進むとまた選択肢が現れ、選ぶとまた次に…パッと目の前が明るくなるのはゲームのダンジョンと同じです。でも、目の前の選択肢を選ばない人が多すぎる。以前、「俺もメルマガコンサルタントと名乗ればよかった」と言われたことがありますが、彼にもその道はあったはずなのに彼は選ばず、私は選んだ。その違いが大きかったということです。誰の前にも選択肢はありますからぜひ選んで、掴んでほしいですね。

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