“グローバル力で日本企業の飛躍を支える”

プラムフィールドアドバイザリー株式会社
代表取締役
梅原哲也

インタビュー: 2013/12/13

1979年、熊本県生まれ。小学校から中学校まで単身イギリス留学。高校から大学卒業までニュージーランドで育つ。オークランド大学で、文学部と商学部の学位を取得。大学を3年で卒業し、外資系会計事務所の台北オフィスで投資・税務コンサルティング業務に従事。2002年、NTTドコモに入社。3年半で退社し、世界Big4の会計事務所KPMGに転職。担当していた某大手日本企業のコンサルティング業務の流れで、2007年7月、独立。2007年11月、香港に関連会社、2013年8月、バンコクオフィスを開設。

生年月日:
1979年
出身:
熊本県
出身校:
オークランド大学

- とてもユニークな子ども時代を過ごされたようですね。

小学校の半ばから中学卒業までの4年半、単身でイギリスにいました。隣の家まで歩いて40分という牧場のただ中に、寄宿舎のある学校でした。母に提案されて、「サッカーがやれる!」「留学できるなんてカッコいいな」と飛びついたのを覚えています。出発前は、かなりもてましたよ(笑)。英語はアルファベットも知りませんでしたが、不安にも思わず、渡航しました。子どもだったこともあり、日常生活には何となくなじんでいきましたが、言葉がわからないので、ほとんど勉強はしていませんでした。一方で、今となっては懐かしい話ですが、ホームシックはつらかった。親から電話がかかってくると「帰りたい…」と滂沱の涙、「日本に帰りたい!」という強い思いも抱えていました。

小中学校の4年間、日本の教育を受けずに育ち、さらには勉強をほとんどしていなかったので、日本の高校へ進学するのは、現実的にはかなり難しいものがあります。親がいろいろ受け入れ先を探してくれて、ニュージーランドの高校に入学することになりました。「勉強しなくては」と思うようになったのは1年ほど経ってからでした。留学費用を出してもらっているのに、さすがに申し訳ない、高校ぐらいは卒業しないと…と、切羽詰ってきたのです。ニュージーランドの高校になんとか入学して「勉強する」と決めてからは、週末も欠かすことなく、3年間、例外なく毎日午前2時、3時まで勉強し、7時半に起床して通学。最終学年時には学年トップの成績になっていました。

- 大学もニュージーランドですね?

大学は、ニュージーランドのオークランド大学でした。学士2つを一度に取得するコースがあり、運良く、このコースへ入学することが出来ました。ニュージーランドの大学は全般として、卒業が難しく途中で中退する人も多いほか、この学士を2つ取るコースは特に卒業が難しく、常に好成績を維持することが求められます。商学部ではインターナショナルビジネス(多国籍企業の管理)を、文学部では当初、成績の平均を上げて卒業を容易にする為、日本語を選択しようとしたのですが教授に学問の精神に反すると反対され認めてもらえず、教授に提案され中国語を選択しました。在学中に台湾に2度、北京に1度、短期留学しました。そして1年早く、3年で卒業を果たしました。

- 社会人になるに当たって、どのような思いでいらっしゃいましたか?

日本に帰国し、今までの海外経験を生かしたいと思っていました。
当時、SONYやTOYOTAといった日本メーカーの製品が世界を席巻していたことが、日本人として誇らしく、日本企業のために海外に打って出る仕事をしようと。そして、業績好調だったNTTドコモに入社。ただ、大学を早く卒業したために、大学卒業から入社まで1年間フリーな時間がありました。その間は、縁があって知人に台湾に呼ばれて、そこでインターンとして働きました。何も聞かないでとりあえず現地へ行ったのですが、デロイトトウシュトーマツというところで世界最大規模の監査法人・会計事務所であるのは、現地へ行って少ししてから気が付きました(笑)

- 起業はこの頃から考えていらしたのでしょうか?

実は一度も起業を企図したことはありません。ITバブルが崩壊したことや、同社の人事方針、そして配属先が海外関係部門でなくなったことから「世界を相手に日本のために頑張る!」と考えて入社したのに大した経験を積むチャンスももらえなかったので、これでは実力が伸びないと感じ、転職を考えました。そして、台湾で経験したような仕事なら日本企業のために国際舞台で働けると思い至りました。それには、アメリカの公認会計士資格USCPAを取得した方がよさそうだと考え、とりあえずNTTドコモ在籍中に会計士の専門学校に通い、試験に合格しています。

転職先は、まずは世界Big4の監査法人・会計事務所を当たろうと思い、たまたま最初に受けたKPMGで内定をもらったので入社しました。その後、入社2カ月でロンドンへ行く機会があり、とても嬉しかったです。ただ、周囲は経験豊富な公認会計士ばかりで、扱う案件も日本を代表する大手企業や、優良外資系企業に関わるものばかりで、当時自分の部門では最年少でもあり、これは「頑張らなければやっていけない」と必死でした。この時に、フォレンジックと呼ばれる、かなり高度な不正調査や監査の最先端の手段・技術、欧米レベルの最先端コンプライアンス実務を学びました。ロンドンから東京へ戻ると、その直後にニューヨークや、上海に行く機会がありました。本当に多くのチャンスに飛び込むことができましたので、KPMGや当時の上司には本当に感謝しています。

ニューヨーク滞在中に、日本の某大手銀行が米金融庁から金融検査を受け、このままでは業務停止にもなるかもしれないという事態が発生しました。当時25~26歳、現地の担当部門では日本人は私だけで、状況の掌握、米国の関連法令の分析、時差がある同銀行本店からのひっきりなしの問い合わせに対応する必要があり、随分と苦労しました。当時は、月に200~300時間くらいの残業をこなし、土・日・祝日だけではなく、正月三が日も働き続けました。ただ、働いているというよりは、ただただ、必死でした。これは後に、大きく報道もされた問題で、処分は現地法人だけでなく、日本の持ち株会社にも及びました。お客様からの要望で、アメリカの関連法令や現地での金融検査の状況について、頭取をはじめグループトップの方々にプレゼンをしたのは、人生のハイライトだと思います。この件で先端コンプライアンスの実務を他の金融機関や金融庁に説明できるまでになったと思います。

- 起業された経緯は?

中国に進出している日本企業のコンプライアンスや不正対策関係のプロジェクトの規模が大きくなり、監査法人の独立性に支障をきたす規模になる可能性があり、プロジェクトを中断する話が社内で出たことがきっかけでした。監査法人グループの社員として続けてきたコンサルティングプロジェクトを中止するという状況に陥り、そのお客様から独立して契約してもよいとお話をいただけたこと、このお客様との信頼関係、そして人情深い上司のサポートもあり、独立することになりました。

当社は2007年に設立、初年度はろくなオフィスもなく、スタッフなしで、コンサルタント業務を続行し、大きな売上を計上することができました。前職の会社の売上げをそのまま移行しただけの形です。高校時代に勉強を始めた時から、その時々の必要に追われて必死に走っていたら、「今、たまたま、こんなところにいる」という感覚です。

- 仕事をする上で大切にしていることがありますか。

お金の多寡を問わず、お客様の信頼や期待には答えられるようにベストを尽くしています。アメリカでの一件もそうですし、独立の理由もそうですが、お客様のご要望に応えられるよう、全てを尽くすということです。このことから、当社の企業文化は「お客様が第一」を掲げ、ベストを尽くすことです。どこの会社でも「お客様第一」と称している会社は多いのですが、本当にお客様第一を行っているところは少ないと思います。私は、プライベートを犠牲にしても、自分の立場を犠牲にしても、お客様第一を貫くべきだと考えています。従って、現在、当社でも社員の人事評価もお客様の評価をベースにする、行動基準もお客様視点、社内の仕組みがすべてにおいてお客様に向いていることを徹底して、文化が醸成され、継続されるよう尽力しています。私自身は「自分がディフェンスライン」だと常に思っています。私の人生そのもので「責任を果たさねば」「お客様の期待を裏切ることはできない」と。強迫観念に近いかも(笑)

当社のほとんどのお客様は海外に進出する大手日本企業で、グローバルでの事業展開が求められています。会計監査系ネットワークでは世界第6位のGeneva Group International(ジュネーブ・グループ・インターナショナル:GGI)と連携してサービス提供しています。昨年は、単純往復を除いて、地球を7周しました。今年も4周を終えたところです。

社員は、専門性も必要ですが、グローバル対応できること土台が必要です。ただ、それは語学力があるのではなく、それ以上に多文化の中でコミュニケーションしてプロジェクトを回すことのできるチャレンジ精神や突破力、計画性等、グローバルビジネス力が必要です。
このような力を醸成するため、当社では機会と経験を重視し、入社1年目から海外に出張してもらいます。そしてただ海外に出張するのではなく、旅行などでは行かないような国に出向くことや、希な経験が積めるように配慮をしています。面白いところでいうと、当社に入社した社員は、今のところ全員が日本の首相や官房長官と対面できる機会を設けたりしています。ボランティア活動などもかなり推進しています。これも経験です。初めからすべてができる人はいませんので、こうした多くの経験を積んで、海外に進出する日本企業のために頑張りたい人を求めています。
また、社内のIT化は極めて進んでいる方だと思います。必要な情報を検索するシステム、世界中で内線やテレビ会議がつながるシステム、複数のPCで同じ情報をリアルタイムで閲覧・編集できるシステムなど、コンサルティング会社中では突出してIT化が進んでいると思います。コンサルティング会社は割とハードなイメージがありますが、海外出張しているメンバーは時差もありハードかもしれませんが、本社は何もない時には18時半には全員帰宅している企業文化もあります。「お客様が第一」であるために、仕事はメリハリも大切と考えています。

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