“「街コン」のホスピタリティーとクオリティをさらに高める!”

株式会社リンクバル
代表取締役
吉弘和正

インタビュー: 2014/04/25

前職では、プライベート・エクイティを専門とする外資系投資顧問会社の東京オフィスを設立し同社の日本での事業を立ち上げた。2011年12月に株式会社リンクバルを設立し、「街コン」の名づけ親として、ポータルサイト「街コンジャパン」の運営や「街コン」の企画・運営・コンサルティングなど「街コン」の全てに関わっている。
著書:街コンを仕掛けてみたらビジネスチャンスが見えてきた

生年月日:
1970年
出身:
群馬県
出身校:
オックスフォード大学MBA(経営学修士)取得、カリフォルニア大学サンタバーバラ校 経営経済学部および政治学部卒

- アメリカの大学を選んだ理由とは?

小さい頃から「いつかは海外、特にアメリカに行きたい!」という気持ちをずっと持ち続けていました。実は私、小さい時から「協調性がない」「変わっている」と言われていたのです(笑)また、両親が別居・離婚していたこともあってコンプレックスを感じていたのですが、アメリカへ行ってみると日本とは全く違い、人と違うことは良いとされたり、両親が離婚していることが普通であったりと、アメリカに住み始めると日本にいた時の窮屈さから解放されていくのを感じていました。一方で、18歳の時に父の会社が倒産し、大学進学は半ば諦めていました。そんな中、20代初めにアメリカに行くチャンスができ、日本を飛び出してアメリカの大学に行き始めたのはいいのですが、生活費と学費を全て自分で稼がなくてはいけないという問題に直面しました。そんな時、大学の休みを利用して日本に一時帰国したら古着ブームがきていました。日本で売られている古着は、アメリカの古着の数十倍の値段で売られていて、直感的に「コレだ!」と思ったのです。あとは、日本の古着店を回って営業。大学生の私を簡単には相手にしてくれないと思い、営業をした古着店には「アメリカに住んでいるのですが、試しに1箱分の古着をアメリカから送らせてもらえませんか?取引はそれで判断してください。気に入らなかったら代金はいりません。」とお願いしました。するとこの営業が大成功し、お店の方に気に入ってもらえ、日本から注文をもらったのです。ただ、困ったのがそれから。実は、古着の仕入先を知らなかったのです。それからは大学に行きながら、サンタバーバラから150kmも離れたロサンゼルスまで車で2日に1回のペースで往復し、古着を集める日々が始まったのです。外国人とすぐに打ち解けられた私は、地元の卸業者や色々な外国人とも仲良くなり、気が付けば電話一本で彼らが私のところまで持ってきてくれるという独自の仕入れルートも築けていました。大学の学費と生活費を支払うこともでき、無事大学を卒業することができたのです。

- 大学卒業後、投資業界を目指した理由は?

ものすごく単純なのですが、大学時代に観た「プリティウーマン」という映画の中で、リチャード・ギアが演じていた役が企業に投資をするという仕事の設定で、その仕事がとても魅力的に見え、いつかは自分もそんな仕事をしたいと思ったのがきっかけです。ただ、そのためにはどうしたらいいのか、具体的にどんな仕事なのかはわかっていませんでした。それが、プライベート・エクイティの業界に入った時、自分が目指していた世界はコレだとわかりました。私は元々、興味があることに向かっていくタイプ。MBAを取得したのも、MBAってどんなところだろうと興味を持ち、どうしても見てみたくなったからです。しかし、実際に経験してしまうと満足感が芽生え、次は何を目指そうかとすぐ興味の対象が変わってしまうのです。幸いなことに投資業界だけでなく、会計事務所や古着の輸出など、興味の趣くままに色々なことを体験した経験が今、全てに活かされていると感じています。

- 「街コン」の名づけ親とお聞きしましたが?

私が「街コン」を手掛けはじめたのは約3年前です。当時は2011年3月11日の震災後で日本全体に元気がなく、自粛ムードも広がっていました。そこで、街コンのような多くの若者が街に来るイベントを全国に広げて日本を元気にしたいと思ったのです。ただ、当時は地方都市を中心に10ヵ所位で開催されていたのですが、大型合コンや巨大コンパなどと色々な呼び方をされていたのと、イベントの開催情報もネット上で集約できていませんでした。なんと言っても、イベントで一番難しいのは集客です。まず、集客をするためにはイベントのネーミングを統一することと、参加者とイベント開催者を繋ぐポータルサイトを作る必要があると考えました。そのような経緯から、同年6月に「街コンジャパン」というポータルサイトを個人で立ち上げたのです。ただ、この立ち上げたサイトも当初は1日数人にしか見てもらえないような状況でした。そこから自分でも街コンを開催するようになり、しだいに「街コン」の開催数が増加。多くのテレビや新聞、メディアにも取り上げて頂いたおかげで一気にサイトへのアクセス数が急増しました。1日に何度もサーバーが落ちてしまうような状態になったほどです。「街コンブーム」とまで言われ始めるようになったため、法人化することを決意し、その年の終わりに株式会社リンクバルを設立しました。

- 「街コン」を手掛けた原点は?

私は学生時代や仕事で欧米に長く住んでいたため、パーティー文化には慣れていました。前職の仕事の関係で日本に戻ってきてからも、私がまだ独身だったということもあり、数多くのパーティーやワイン会などに参加していました。しかし、楽しんでもらいたいという気持ち、つまりホスピタリティーが感じられるパーティーがあまりなかったのです。パーティーでつまらなそうにしている人がいれば話しかけたり、友達を紹介したり、ドリンクをお持ちしたりなどの「おもてなしの心」を感じさせるパーティーが少なかった。それならば、自分で主催してみよう、自分が理想とするパーティーを企画しよう!と思い、最初は15人ぐらいのホームパーティーを開催しました。それが毎月300人、多い時には500人規模で開催できるほどに参加者が増えていき、それが今の事業の原点になったのです。

- ホームパーティーが成功した理由とは?

ホスピタリティーの心を持ち、参加した方に楽しんでもらうことを常に考えていたからだと思います。あとは、パーティーの価値を高めるためにオペレーションの改善などを、投資業界やコンサルティング業界などの色々な業界で活躍していた友人達が協力してくれたことです。受付でお客様を待たせないためにはどうすればいいか?料理やドリンクをお客様が待たずに取って頂けるにはどうすれば良いか?などの改善案を毎回パーティーが終わった後に数時間ほど話し合い、お客様に心から楽しんでいただく方法を模索しました。これは今思うと、チームのモチベーションの1つになっていたと思います。この経験は起業後も活かすことができました。

- 今後の事業展開について教えてください

現在「街コン」は大都市圏を中心に増えており、当社が運営するポータルサイトの「街コンジャパン」には年1万位のイベントを掲載していますが、今後は年10万掲載まで増やしたいと考えています。地方や海外へと広げていくことも目標ですね。また、「街コン」のクオリティを高め、アプリなどを活用して全体のマッチング成功率も高めていきたいと思っています。日経MJの調査では「街コン」参加者の3%が結婚・婚約するなど、大手婚活会社並みに高水準であることが判明しました。さらに、飲食店や挙式費用など、経済波及効果は年間1,400億円超と試算されています。「街コン」は未婚の男女の出会いの場だけではなく、地域活性化や経済活性化としての効果にも注目が集まっているのです。創業当初の日本を元気にしたいという気持ちで、「街コン」をどんどんスケールアップしていきたいです。

- プライベートでは、ご結婚されたそうですが

私も独身時代、多くのイベントに参加してきましたが、その中の1つのバーベキューイベントで妻と出会うことができました。「街コン」という出会いの場を提供する会社のトップとして、パートナーがいる幸せを皆さんにお伝えできるのはとても説得力があると思っています。就職や転職などの活動も全てご縁だと思いますが、婚活というのは就活などに比べて長い時間がかかることも多く、私自身も1人の人に出会う大変さを経験しています。自身の経験も活かし、当社は出会いの場の提供のみならず、マッチングの成功率の高い「街コン」も企画できるよう日々努力しています。

- 起業を目指す方へメッセージをお願いします

やりたいことは、まずやってみる。私自身も「経験、それが人生」という座右の名を掲げ、経験こそが人生であり、自らに多くの学びを与えてくれるものと信じています。起業をすると、毎日多くの経験ができます。是非、起業して多くの経験を楽しんでいただきたいですね。

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