“心に決めたらまず宣言する。そしてとことんやり抜く”

スキューズ株式会社
代表取締役
清水三希夫

インタビュー: 2014/05/30

高校卒業後、アパレルメーカーに就職。3年後、もともと興味があった電気設計・制御系ソフトウエアの業種へ独立を前提に転職。FA業界で経験を積んだ後、個人で起業。2003年、スキューズ株式会社に組織変更。さまざまな業種の工場の生産ラインを動かすためのシステム・ソフト開発のほかに、人工筋肉を使用した5指ロボットハンドを開発。FA(ファクトリーオートメーション)とRB(ロボット)を連携させた独自のシステムインテグレーション事業を展開している。

生年月日:
1973年
出身:
京都府
出身校:
滋賀県立大津商業高等学校

- どんな子供時代を過ごされたのでしょう。

生まれは京都で育ちは滋賀、生まれた年は73年です。同年代が非常に多い時期で、近所付き合いなども大変盛んでした。性格は活発でしたが、ちょっと根暗な部分も持っていましたね(笑)こだわるところは非常にこだわる性格で、プラモデルなんかを作るのが得意でした。スポーツではサッカーをやっていまして、楽しく励んでいましたが、いかんせん足が遅い。だからいかにして相手の動きを読むか、というところに面白さを感じていました。その後、地元で近いし、女の子も多い(笑)という理由で高校も選びました。

- 現在の仕事に就かれたきっかけを教えてください。

実は高校を卒業して就職するまで、今の仕事に就こうという気は全くなかったんですよ。卒業後の就職先も少ない選択肢の中から選ぶという感じで、とりあえず初任給が良くて休みが多いアパレル会社に決めました。けれどいざ就いてみると、マニュアル通りの仕事が多くストレスを感じる日々で…。その頃、行きつけのラーメン屋で久しぶりに友人と出会いました。この再会が私を変えたきっかけです。その時の友人はオイルが染みた作業服を着ていて、私は思わず「いま何の仕事をしているの?」と訊いたんです。そしたら、よくぞ訊いてくれました!と言わんばかりの勢いで「機械を動かすプログラミングをしているんだ」と楽しそうに語り始めたんです。その姿がとても生き生きとして見えて、それで私もこの業界に惹かれるようになりました。あの時、彼と出会わなければ今の私はなかったと思います。

- 独立はどれくらいの時期から考えていましたか?

最初からです。アパレル業界から今の業界に移ると決めた時、「次やるなら独立しよう」と考えていました。就職先の文句を言うくらいなら自分で起業しようと思ったんです。ちなみに、転職先が決まるまでは結構大変でした(苦笑)工業系の知識も経験もないので、10社以上は落ちましたね。けれど、入社後は面白かった。入社面接の時に「なんでも言うことを聞きます。ただ、3年で独立したいです。」と宣言していたので、モチベーションが周囲とは桁違いだったと思います。それで宣言通り、3年後の満期に独立したんですが、それまでは本当になんでも言うことを聞き続けました。理不尽に思うことや腹立つことも多々ありましたが、どうにかこうにか対応しながら入社時に宣言したことを守り通したんです。自分の中で決めたことにこだわり続ける。その積み重ねによって今の自分がある。これが結構大事かなと、最近思うようになりました。会社にしても「次はこんなことをやりたい。一緒にやりませんか?」と言い続けることで100人の仲間ができ、その都度成長してきました。その時々で周囲に発信してから取り組むという姿勢が重要なんだと思います。

- 実際に起業してみていかがですか?

起業してからの17年間で、私の中の計画が達成できたのはこの1年だけです。ピンチは山ほどありましたが、挫折を挫折と思わないところがありまして、その気質に助けられたのかもしれません。けれど、そんな自分でももう駄目かもしれないと唯一覚悟したことがありました。6年程前になりますが、当社が成長路線に入ったときにこれまでとは桁違いの収益が見込める大きな仕事を受け、それで大失敗をしたんです。けれど、それこそ神風が吹いたような奇跡の連続によって、当社は潰れずに済んでしまった。そしてこの大失敗が、工場を持つきっかけになりました。作ったものをお客様の工場で一発勝負ではなく、事前に社内できちんと検証するため、自社工場をつくったんです。そしてもう一つ。これが一番大きな反省でしたが、技術者というのは真似を嫌うんです。この通りにやってくれと渡したソフトも改造してしまうようなところがある。その時の失敗も、ある技術メンバーが外してはいけないところを外してしまったことが原因で起きたんです。幸い彼はそれを教訓に今でも頑張ってくれていますが、私自身もそれを機に、メンバーたちに失敗をさせない環境・共有文化をいかに作るかが自分の仕事だと考えるようになりました。

- 現在はロボット事業にも取り組んでいらっしゃるとか?

ロボット事業部を作ったのは約10年程前で、これまで人の手で作業していたことをロボットの手に代替しようとしたのがきっかけでした。なぜなら究極の自動機は人の手ですから。どんな作業もできますよね、人の手は。もともと当社は、ファクトリーオートメーション(FA)という制御ソフトの開発が中心でしたが、どちらかというと電気屋さん、いわゆるエレクトロニクスに近い業界です。そこから培った現場のノウハウから、現在は、従来のFA技術とロボット技術の両方を使い分けながらお客様のニーズに応えています。当社が考えるロボットは“人手作業の代替”です。大事なことは、当社が考えたロボットを形でなくて、そのアプリケーションで見せることです。例えば、ボトルのキャップをしめる人手作業をアプリケーションとするなら、お客様ごとに必要なアプリケーションを、効率よく安全に具体化するためのロボットとシステムを作っているというのが当社。なので、ロボットを売るということよりは、最適なアプリケーションを具体化している、という姿勢で取り組んでいます。

- 今後のビジョンについてお聞かせください。

当社の主なお客様は製造業。つまり、モノづくりをされている会社様ですが、国内で製造業に従事されている方は人口の約16%と言われています。現在もそれだけの人手作業の価値があるのですが、今後ますます加速していくであろう少子高齢化によって、製造業に従事する人口はさらに減ってしまうのが現実なんです。だからまず私たちは、得意なFAでやってきたこの製造業にロボットを導入し、24時間365日の工場で鍛える。そうやって日本の製造業を支えるとともに、やがて迎えるであろう超少子高齢化の世の中で求められる新しい分野にも、応用したいと考えています。だからこそ、私たちの存在がただのメーカで終止せず、社会の基盤を支える役割を担うのだという自覚を持って働いています。大事なことは製造することだけじゃなくて、生産を滞りなく続けること。これが私たちの大切な将来への約束(ビジネスモデル)です。そういう発想や受け止め方で製造業に取り組むことができる若い世代が増えていったらいいなとも思っています。スマートフォンでロボットを操作するなど、この業界自体の間口を広くして、多くの若い人たちにも「これなら自分にもできる」と思ってもらえるような、もっとシンプルでわかりやすい開発手段を模索することも重要な課題です。今後は、人間ではなくてロボットを各地に派遣する“ロボット移民”なんてものをビジネスモデルに組み込もうと考える人が出てきたらいいですね。そういった柔軟な発想ができるメンバーをどんどん集めて、多くの可能性を切り拓いていきたいです。

- 今後、御社が必要とする人材像をお聞かせください。

面白い人、笑いを取れる人がいいですね。ユーモアセンスは、仕事や人を活かすことができるものだと思っています。この業界ってお堅いイメージがありますよね。実際、堅くなければ駄目な部分もあるんですが、そういう中でユーモアセンスを発揮しながらやれる人は強い。お笑い芸人を目指していた子なんて最高やな!と思いますよ(笑)そして、独立心を持った人。社長になりたい、なんていう人も最高ですね。そういった若い人たちに、私が社長として経験した「経験値」を伝えていきたいですね。専門知識や経験よりもまずは意欲です。大丈夫です、僕自身だって洋服屋からのスタート。未経験からエンジニアになる手法はすでに確立させていますから、やる気さえあれば問題ありません。私も若い頃はガンガン働きながら、しっかり彼女とデートしたり、遊びも全力で楽しんでいました。何事も全力で楽しむ姿勢が可能性の幅を広げ、人間力を高めてくれると思っています。

- 起業を志す方にアドバイスをお願いします。

いきなり起業せず、まずはどこかで働いて会社の仕組みを理解するというのが一つ。そして、最初から起業の意思を伝えておくこと(笑)起業というのは勢いではなく、狙ってするものだと思いますね。「あ、これならイケる!」という成功イメージを持ってから起業をして欲しいです。それでも現実はなかなかその通りにいかないのですが、それでも成功イメージを持って動くのとそうでない場合では、今後の踏ん張りに大きな差が出てくると思っています。

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