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株式会社ドリコム 内藤裕紀 常に新しいユーザー体験を 提供する苦悩とチャレンジ精神

JOBSHIL編集部
株式会社ドリコムの代表と企業ロゴ
株式会社ドリコムの代表のプロフィール写真

株式会社ドリコム
代表取締役社長
内藤裕紀

大学在学中の2001年に有限会社ドリコムを設立。2003年よりブログサービスを開始し、ブログシステム提供の代表企業として注目を集める。同年、株式会社ドリコムへ組織変更。2006年、創業から5年で東証マザーズ上場。現在はソーシャルゲーム、広告、ソーシャルラーニング(教育)を中心に事業展開を図る。
生年月日: 1978年 出身: 東京都 出身校: 京都大学

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※この記事は「2014/07/04」に「ビジョナリー」に掲載されたものを、JOBSHILに転載しております。

どんな学生時代を過ごされましたか?

東京都内の進学校に通っていましたが、高校1年のあたりから学校の勉強についていけなくなり、成績は3年間ずっと底辺…(苦笑)。高校3年になると進学校なだけに、多くの人が東大・慶応・早稲田への進学を目指していましたね。僕も「自分は何がしたいのか」「何のために大学に行くのか」自分なりの進路を真剣に考え、そのとき消えなかった夢が“発明家になること”でした。

実は僕、小学校のときから発明家を夢見ていまして、きっかけは夏休みの自由研究で応募をした、郵便局主催の「私の貯金箱コンクール」。このコンクールで入賞したことがとても嬉しく、そのときの“モノづくり”体験が発明家の夢に繋がっています。

起業を目指したきっかけをお聞かせください

高校のときに日経新聞を毎日通読していて、その中に掲載されていたシンポジウムに興味を持ち、学生服を着たまま参加していました。

そんな中、マーケティングの第一人者でもある慶応大商学部教授とベンチャー社長との対談を見る機会があり、自分たちで会社を作って新しい事業を立ち上げる“ベンチャー起業家”という存在を知ったんです。

そこから「新しい事業を生み出すことは現代でいう発明家と一緒だ」と考えるようになり、商学部や経済学部に進学して起業してみたいと思ったことがきっかけです。志望校は、父親が大阪出身ということや、ノーベル賞受賞者が多いからという理由で京大に決めました。

浪人時代は、基礎固めのために大学受験の勉強でなく、高校受験の勉強をやりました。僕は何でも「基本が重要」という考え方で、中学の部活も、高校・大学の受験も、会社の危機的状況も、その“基本攻め”で乗り越えています。自分はできると過大評価しない。基礎を固めておけば応用はどうにでもなるというのが持論です。

大学在学中にドリコムを設立されたんですね?

大学に入ってから益々起業への想いが強くなり、起業資金づくりのために塾講師のアルバイトなどをしていました。大学1年の終わりからは、個人事業主としてパソコンの家庭教師事業を1人で始めたんですが、数ヶ月経っても1件も契約が決まらず結果、大失敗。

でもその失敗を通して、ビジネスの仕組み作りの重要性を知ることができましたそこで経営を学び直すことに決め、起業家向けの情報誌に「起業を志しているので丁稚奉公として働かせてくれ」と個人で広告を出したんです。すると“京大で面白いヤツがいる”と思ってくれたのか、色々な会社からお声をかけていただき、手伝いに行けるようになりました。

これと並行して、今でいうビジネスプランコンテストに応募をし、100万円を勝ち取って資金を調達。仲間を集めるため、同志社や立命館にまでビラ配りにも行きました。そうして集まった優秀なメンバーで大学3年のときにドリコムを設立したんです。

大学も休学して退路を断ち、一軒家を借りて事務所兼自宅にして仕事をスタートさせました。発明家マインドそのものである「新しく独創的なサービスを世の中に提供していく」ということが、当時から今に続くドリコムのミッションです。

新卒採用でチェックするポイントは?

未知なことへも果敢にチャレンジし続けることができるかどうかですね。

失敗するかもしれない新しい挑戦に対して、ストレスを感じるような価値観の人だと、弊社はもしかしたら厳しい職場になるかもしれないので(笑)。

一緒に働くのはスキルよりも価値観が大切。新しいことを生み出す苦しみをワクワクに変え、自らの成長機会へと変えていける人が向いていると思います。あと「真摯かどうか」も大事ですね。たとえると、「借りは10倍にして返せ」みたいな世界が僕は大好きなので、どんな小さなことでも真摯に誠実に行動できる人がほしいです。

社内で大切にしている文化はありますか?

一貫しているのは「多くの人の期待を超えたサービスを提供するためにチャレンジし続ける」こと。ソーシャルゲームの世界では、開発予算が億単位で年々大きくなっていて、冒険がしにくくなり、既にヒットしたゲームのモデルを採用して新しいゲーム開発をする、という会社が増えています。

ですが弊社は、新しいユーザー体験の提供に向けてチャレンジをすることがミッション。ただこれだけ聞けば楽しそうでカッコイイ話ですが、これが生半可でなく大変なんです。すでにヒットしているものの応用なら、出口の明かりを見ながら真っ暗なトンネルを走るようなもの。

でも新しい商品開発は、本当に出口が見えない真っ暗闇を走るんです。商品として完成する数週間前になっても、面白いかどうかが分からないことも多い。そんな不確定なものに情熱を注ぎ、時間を使ってつくり続けることは精神的な強靭さが要求されます。

僕なんて寝る直前になってから「いや、あれはこうした方が面白い!」と思いつき、翌日社員に話したら不評…ということがしょっちゅうです(笑)。弊社では「何が新しいサービスか」「何が新しいユーザー体験なのか」を常に問われている、これが隅々まで浸透している文化かもしれません。

今後の事業の展開はどのようにお考えですか?

ソーシャルゲーム、ソーシャルラーニング、アドソリューションの3つの事業ドメインのうち、やはりウェイトが大きいのがソーシャルゲーム事業です。日本のネット業界がグローバル展開をするときのハードルが、「ローカライズ」「マーケティング」「マネタイズ」の3つでした。

しかしゲーム分野は、当然言語の翻訳は必要ですが、世界中の人が体感で楽しめ(ローカライズ)、画面上でクリックするだけで世界からでもアクセスでき(マーケティング・集客)、課金制(マネタイズ)であることから、グローバル化のハードルが非常に低い数少ない産業。

今後は日本で成功したゲームを海外展開させ、グローバルで勝つものを生み出したいと思っています。“スーパーマリオ”のように誰でも知っているものをつくりたいですね。

教育事業にもこれから力を入れられるとか?

ソーシャルゲームのノウハウを応用して、継続できる勉強の仕組みをつくれないかと始めたのが教育事業です。現在、弊社のアプリで3万人以上の人が誰に強制されることもなく、平均40分毎日勉強している実績がありますが、これまでの教育業界からするとこれは驚異的な数字のようです。

正答率何%の問題が最もモチベーションアップにつながるのかといった統計学的視点、それに「友だち」と一緒に励まし合いながら学べる環境、それらを整えることで継続した学びが実現したと思っています。多くの人々が無料で利用できるソーシャルの仕組みを活かしていることもポイントですね。

豊かな日本でも公立高校無償化にしただけで進学する人が増えたということは、世界ではもっと“費用と教育の機会”が大きな問題になっているはず。学びの仕組みを提供できれば、プラットフォーム上にのせるものは自由だと僕は考えています。

弊社が提供するアプリ「えいぽんたん!」は、現在アルクさんの英単語をのせていますが、続けられる仕組みさえあれば英語以外の言語や、グローバル展開も可能です。

起業を志す人へのメッセージはありますか?

起業しても最初はうまくいかないことが多いものです。でも仮にうまくいかなかったとしても、日本ではそれが原因で死ぬなんてことはないし、恐らく生活だってできるでしょう。

僕は大学のときに起業しましたが、もし失敗して普通に就職活動をしていたとしても「大学時代に起業したけど失敗しました」という話は、何のマイナスにもならないですよね。それは転職でも同じ。

自分にとって「この失敗だけは許容できない」ということを認識せずに、やみくもに「失敗したらどうしよう」と心配するのはナンセンスじゃないかって思います。さらに言えば、その許容できない失敗も書きだしてみたら大したことないなって思うことかもしれません。ですので、恐れずに自分がやりたいこと、信じた道は切り開いていってほしいと思います。

2006年に上場、翌年に赤字計上という経営危機をどう乗り越えられたのでしょう?

当時の僕は「教科書通りのことをしなかったから成功した」と勘違いしていました。つまり自分を過大評価していたということです。そのため、まずは自分の苦手分野やできないことを把握することから始めました。役員以外のメンバー3人を集めて「実行は僕がするから、一番シンドイ立て直しプランをつくってほしい」とお願いしました。

敢えてシンドくしたのは、それが一番良い結果に繋がると思ったからです。あとは、毎週金曜日に社員を集めて質疑応答タイムというのを設けて、そこでの厳しい質問にきちんと向き合って全ての質問に答える、ということを行っていました。これは参加者が一人もいなくなるまで半年は続けましたね。

同時に簿記の勉強を始め、費用の見直しも徹底的に行いました。黒字回復は、ウルトラCではなく、減らせる部分を減らし伸ばせる部分を伸ばすという、実に真っ当な方法をとりました。

僕は、ブルーハーツの『少年の詩』という曲のなかにある「どうにもならないことなんて、どうにでもなっていいこと」というフレーズが大好きなんですが、よく「どうにもならない」って言いますけど、必ず「どうにかなる」。ただその結果が自分にとって、worstなのかworthなのか、bestなのかbetterなのか、少しでも納得できるものにするために頑張るだけなんだと思います。

「どうにもならないことはない」というスタート地点に立てば、一歩でも良くするために一歩分頑張る、それだけのこと。この2007年危機の話でウルトラCの技を聞かれることが多いんですが、地道に基本をやっただけなんです。

そこからどうやって会社を飛躍させたのでしょう?

黒字になった翌年、次の急成長につながる新しい取り組みとしてソーシャルゲームへの参入を決めました。当時日本には「ソーシャル」という言葉もなく、Facebookがアメリカで3番手くらいのSNSだった頃です。

「友人同士のやり取りにゲーム性を持たせたものをケータイ上でできないか」という提案を役員会でしたところ、「何を言っているかさっぱり分からない」と言われましてね。でもそう言われたからこそ「これはいけるんじゃないか」と感じて投資を始めたんです。

だって「さっぱり分からない」ことというのは考え直してみれば、「新しいユーザー体験」になるかもしれないことですから。

他に誰もやっていないことに着手することの怖さはありませんでしたか?

もちろん怖かったですよ。ただ、2007年は弊社にとって経営スタイルの大きな転機でした。僕はビジネスというのは、いけると思ったタイミングでオールインすることも重要だと考えていて、実は2013年にブラウザからアプリへゲーム市場が移行することを先読みして、2012年にいくらか張ったこともあります。

これは弊社が戻ってこられるギリギリのラインでオールインできた例ですけどね。場にいくら残せば、もう一度リングに立てるか。身の丈を学べたこの経験は非常に大きなものだったと思います。

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