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キャスタリア株式会社 山脇智志 デジタル教育の万能シャーシ 教育で社会課題を解決する

JOBSHIL編集部
キャスタリア株式会社の代表と企業ロゴ
キャスタリア株式会社の代表のプロフィール写真

キャスタリア株式会社
代表取締役
山脇智志

國學院大學卒業後、サラリーマン勤務を経てニューヨークへ留学。在米のラジオ局、新聞社勤務を経て、2000年にパートナーとともにニューヨークでインターネット関連会社を設立。2005年、本社移転により東京へ移る。その後同社を退社し、2005年キャスタリア株式会社を設立。
生年月日: 1970年 出身: 鳥取県 出身校: 國學院大學

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※この記事は「2014/07/07」に「ビジョナリー」に掲載されたものを、JOBSHILに転載しております。

故郷・鳥取を飛び出し、上京した経緯をお聞かせください

高校卒業後は地元企業に3年間勤務していました。ですがこの頃から父との折り合いが悪く、とにかく今の状況を脱したい、何かを変えたいという気持ちを強くもっていたため、ほぼ家出同然の上京でしたね。

上京後は大学へ行こうと、密かに親友が先に入学していた國學院大學の二部を受けていました。上京当日は普段通り会社に行くと家を出て、こっそりボストンバックを持ち出し、そのまま東京へと向かいました。 全財産は財布に入っていた26,400円。まさに「裸一貫」でのスタートだったわけです。

どんな学生時代を過ごされたのでしょう?

自分で言うのもアレですが、一般的には優秀な生徒だったと思います。

1年生時の民法以外、成績はほぼ全教科でAでした。法学を専攻したのは、建具屋を経営する実家がもし倒産した時に、自分で何とかできるようにという考えからです。

私は自分で学費を稼いでいたので、授業1コマの質にもシビアでした。学費をコマ数で割ると、1授業あたりの値段が出ますが、学費の安い二部でも1コマさぼると3000円以上を捨てることになるのです。

安時給のアルバイトのために、授業をさぼるなんてそんな勿体ない話はありません。3000円の価値に値しないつまらない授業をされた時には、担当講師に抗議をするほどでした(笑)

大学卒業後、ニューヨークに行かれたとか?

大学を出てからは1年間働いて資金を貯め、上京5年目でニューヨークに行きました。ニューヨークを選んだのは、大ファンだった佐野元春さんがかつて住んでいた場所だったからです。

中学生の頃、一つの部屋で家族全員が寝ていたため、家の電気は夜9時に消灯してしまうのですが、ニューヨークから流れる佐野さんのラジオは夜10時スタート。ですから、私は川の字になって横で寝ている親を起こさないよう、イヤホンをつけて佐野さんのラジオを聞いていました。

自分は鳥取の田舎にいるのに、イヤホンの先には大都会ニューヨークが広がっている。そこからニューヨークに対する憧れというか、思い入れを持つようになったのです。ニューヨークで1年間留学した後は、LAのラジオ局で仕事をすることになりました。

ですが入社後、このラジオ局が経営困難に陥っていることを知り、「どんなにいい仕事をしても経営が機能していなければすべて無駄になる」という現実を目の当たりにすることになったのです。その時から私に、「それなら自分自身でいい仕事ができる環境を作ればいい」という思いが芽生え始めました。

これが「起業」を意識するようになったきっかけです。それから3か月後にラジオ局を辞めてニューヨークに戻り、現地で知り合った日本の新聞社で働くことに。ここでは3年間働いていたのですが、ビジネスの基礎、ノウハウなどありとあらゆることを勉強しました。その後、2000年にニューヨークでパートナーと一緒にインターネットの会社を設立したというわけです。

ちょうどニューヨークではベンチャーブーム、ITバブルが来ていた時期。5年間ニューヨークで頑張りましたが、ほとんどの取引先が日本だったこともあり、それなら上場を目指そうと2005年4月に本社を東京に移しました。こうして日本に戻ってきたのですが、その後いろいろな事情が重なり、同社を退社しました。

キャスタリア設立のいきさつを教えてださい

前述の会社を退社後、ニューヨークに戻るか、東京に残るかを迷い、結果的に東京で起業することに決めました。

私は5年ごとに人生を考えるようにしていて、20歳~25歳は鳥取を出て大学に。

25歳~30歳は海外での留学期、30歳~35歳は副社長として社長のビジネスを助けた期間。35歳~40歳はさてどうしよう、と考えた時に、今度は経営で勝負しようと思ったのです。

ちょうどこの頃、Podcastが流行りかけていた時で、「教育コンテンツ」ならPodcastの持ち味を一番活かせるのではないかと考え、今の会社を立ち上げました。

なぜ「教育」なのでしょう?

大きな理由は単純にそこにマーケットがあるだろうと考えたから。Podcastというメディアが最終的には教育で大きく伸びそうだと思ったのです。もうひとつは自分自身の経験。私は「教育」を受けることに対し、大変苦労しました。

その理由は2つあって、1つ目は経済的要因。そして2つ目は地理的な要因です。私が生まれ育った鳥取県には大学が1つしかなく、文系の学部は教育学部のみ。ですから、ほとんどの人が京阪神か東京に出る選択をします。そしてもちろん、それにはお金がかかる。

とても18歳の若者に用立てられる額ではありません。このような原体験から、私は「教育の問題はお金の問題」だと捉えています。そしてこのお金の問題をテクノロジーで解決することこそ、キャスタリアが存在している理由です。

主力事業について教えてください

昨今ではEdTech(エドテック)と呼ばれる領域、つまり教育をITで変えていく事業をBtoBで展開しています。中でも「goocus pro(グーカスプロ)」が目指しているのは、最高の自律学習ツールです。私たちは「学習とは続かないもの」という前提で製品を設計し、続けさせるにはどうするかをとことん考え、必要な仕組みを企業や教育事業を行う法人向けにASPとOEMで提供しています。

私は当社の役割をよく車のシャーシ(自動車の土台部分)に例えます。例えば、日産は見た目も性能も様々な約数十種類の車種を発売していますが、使われているシャーシはたったの3種類しかありません。しかも驚くべきことに、別ブランドのルノーと共有もしているのです。

当社が作っているのは、謂わばデジタル教育におけるこのシャーシの部分。当社のモバイルプラットフォームにクライアントがデザインなどのカスタマイズを施して、見た目も機能も一見違うサービスが世の中にリリースされていくというわけです。教育コンテンツやブランドはあるが、開発技術が整わない。そんなクライアントの開発・製造部分を当社が一手に請け負っています。

会社の風土や共有理念などはございますか?

当社スタッフの共通項があるとすれば、エンジニア以外はほぼ英語と日本語のバイリンガルだということでしょうか。現在行っているアフリカでの実証実験、ヨーロッパ・アジア各国との商談や交渉などは、社内の誰でも担当できる体制をとっています。

世界中へすぐに飛んでいき、ビジネスができる優れた人材たちだと言っていいと思いますね。会社の風土としては、仕事の取組み方や成果に対して非常にストイックだと思います。一方で仕事さえきちんとしていれば、基本的に他は干渉しません。

当社の教育方針は「会社が潰れても1人で食べていけるほどの人材にする」ことです。会社にいれば安心して生きていける時代はもう過去のもの。自分一人でもお金を稼いでいけるほどの人材が結集していれば、これほど強いチームはありません。

ですから当社は個性の強い人材だらけです。しかし、同じ目標と仕事における価値観さえ共有していれば、仕事のやり方や個人の生き方などは一切問いません。ひとそれぞれの生き方を尊重していますし、そこはスタッフ全員にも伝えているつもりです。

手とり足とり教えることはしないので、依存傾向が強い人には向いていないと思います。このような考えが自分の中に形作られた理由は、やはりニューヨーク時代に色んな人、考え方に触れたことが大きいですね。20代の一番楽しい時期に過ごした濃い日々は、今の私に大きな影響を与えています。

今後の事業展開について教えてください

まずは国内で売り上げを上げること。その上で海外進出も視野に入れています。将来的には「学ぶ」=「キャスタリア」と人々に想起してもらえるほど、知名度を獲得したいですね。

また、これは創業時から変わらないことですが、テクノロジーを駆使して「教育で社会課題を解決する」というテーマにこだわっていきたいです。教育はあくまで「解決の手法」であって、私たちが目指すものはその先にある「社会課題の解決」です。

営利企業ですから売上や会社規模も大切ですし、こだわりももっています。一方で国内外での教育環境向上を目指すことなど、視座を高く持った会社でありたいとも考えています。

起業を志す若者にメッセージをお願いします

「やりたいことがあれば、やってみればいい」と思います。たいていの人は、それに伴う責任が怖くて動けない。しかし、日本という恵まれた国に生まれた以上、その責任なんて実はたいしたものではありません。

例えば21歳で起業して失敗してしまったとしても、どこかに就職すれば何とか食べていけるわけです。もちろん、リスクを考えて無難に生きるのも人生。人それぞれが自分の人生をどう生きたいのか、時間がある若い内にいろいろ考えてみることです。その時間は決して無駄にはなりませんから。

座右の銘を教えてください

「It’s not over till it’s over(終わりまでは、終わりじゃない)」米国ボストンを舞台にしたハードボイルド小説、ロバート・B・パーカー著の探偵スペンサーシリーズからの言葉です。

当社もこれまで倒産の危機を何度も経験しましたが、なんとかそれらを乗り越え、まだ会社として存在しています。そこには一緒にいた仲間の力が大きい。彼らと誓い合ったことですが、どれだけ辛いことがあっても、止めてしまったら成功の可能性はゼロ。

何があっても最後まで諦めず、とにかく愚直にやり続けることです。かっこいいことを言うのはあまり好きじゃないので、めったに口には出さないのですが(笑)

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