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株式会社ドリーム 大橋秀男 製造者、専門家、お客様が、一体となってワクワクするモノづくりを

JOBSHIL編集部
株式会社ドリームの代表と企業ロゴ
株式会社ドリームの代表のプロフィール写真

株式会社ドリーム
代表取締役社長
大橋秀男

22歳でカタログ通信販売会社に入社し、5年後に独立。サラリーマン時代の人脈を活かして、通販市場向け商品の卸売業などを経験しながら実績を積み上げ、1990年に株式会社ドリームを設立。以降、オリジナル商品の企画開発に力を入れるビジネスモデルへ転換し、ユニークなブランドを次々と展開。特に美容・健康の分野では、数々の大ヒット商品を生み出し続けている。
生年月日: 1962年 出身: 愛知県 出身校: 中京大学(中退)

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※この記事は「2014/07/25」に「ビジョナリー」に掲載されたものを、JOBSHILに転載しております。

どんな子ども時代を過ごされたのですか?

電気屋の次男坊で、子どもの頃は体が弱く、大人しい性格でした。小学生の時、授業中にトイレへ行きたくなっても恥ずかしくて先生に言えず、お漏らししてしまったこともあります(笑)けれどサッカーを始めてからは、体も心も元気になって、小学校を卒業する頃にはガキ大将になっていました。

特に小学校時代にサッカーを教えてくれた先生は厳しくも温かい人で、熱心に指導してくれて、チームの居心地も良くて、ここで得た出会いと経験が僕に自信をくれたのだと思います。それから大学2年までずっとサッカーを続けていました。

学生時代の経験で今に繋がる部分はありますか?

サッカーを続ける中で、「ひとつのことを一生懸命やるのは美しい」という価値観が芽生えていった気がします。

自分を追い込む楽しさのような、体育会系特有のストイックさは今も持ち続けていますね。

あと、学生時代から僕は自分自身を弱い人間だと自覚していたので、自身の気持ちを奮い立たせるため、あえて先生やチームメイトに目標を公言したりしていました。

起業を考えるまでの経緯を教えてください。

父親が電気屋だったため、自分も一国一城の主として何かをしたいな、という気持ちは漠然とあったのですが、大学へ進学してからもサッカーに夢中で、将来のことはあまり考えていませんでしたね。また当時は、上温湯隆さんのドキュメンタリー小説や、植村直己さんの山登りの本などをよく読んでいて、覚悟を決めて何かに挑む生き様に強い憧れをもっていました。

そして思い切って大学を中退し、国内外を点々と旅してみたのですが、ある時このままじゃいけないと気付いて、仕事を得るための勉強を始めたのです。まずは、何をするにしてもお金の知識があった方がいいと思い、会計士の先生の公開スクールで経理を学びながら、目指す業種を考えました。3つまで業種を絞って面接に挑んだのですが、これが失敗続きで…(笑)

けれどその時、1社だけ僕を即座に気に入ってくれた通信販売のカタログ会社があって、そこへ22歳で就職。独立を考えていることは面接時に伝えていたのですが、実際には起業のきっかけがなかなか掴めずにいました、そんな時、ある1冊の本に出会ったのです。この本がきっかけとなって起業の意志を固めることができました。

それはどんな本だったのですか?

簡単に言えば、「想いは叶うのだ」という内容です。

本の中には願いを叶えるための方法が載っていて、特に僕は「自分が抱く想いを信念にまで高めること」そして「叶えるまでの期限を決めること」という2つの文面に強く胸を打たれ、気付かされました。

そうだ、僕はいつまでに起業するのか期限を決めていなかった、と。そこから「5年目で起業する」という期限を自分自身に設け、27歳で会社を退職。ほぼ勢いと情熱のみで有限会社ドリームを作りました。

ですが、具体的に何を事業にするかまでは決められずにいたので、最初の頃は食べていくために色んな仕事をしていましたね。

起業当初は、お1人で頑張っていたのですか?

はい。最初は、妻や母親にサポートしてもらいながら1人でやっていました。主に、サラリーマン時代からお世話になっていた会社さんから商品を仕入れて、実家の電気屋の一角で販売したり、専門店に直接売り込みに行ったり、という感じです。

ですが、通販市場向け商品の卸売業をメインにしてからは売上げがグンと伸び、念願のオフィスを構えて社員を採用するに至ったのです。

オリジナル商品に力を入れ始めたきっかけとは?

それまでは、他所から仕入れた商品を売るだけでしたので、当然ながら競合他社が多く、粗利も少ない状態でした。これでは当社の存在価値がなくなってしまうので、少ないリスクで小さく稼ぐビジネスから、リスクを背負ってでも付加価値の高いビジネスへ転換させようと決断したのです。

そこから、専門家やお客様のアイデアを活かしたオリジナル商品の開発に全力を注ぎ、現在のビジネスモデルが出来上がりました。

会社を成長させていくなかで学ばれたことはありますか?

僕は自己の可能性へ挑む想いで事業を始めたわけですが、実際に人を雇って本格的にやってみると、本来事業というものは常に人の役に立っていないと、継続することも成長することも社員に何かを教えることもできないということに気付きました。

「僕に何ができるだろう」という方向性は、常に「何をもって人の役に立てるだろう」というところにシフトしていないと駄目なのです。そもそも、自分自身が本当に喜びを感じる時というのは、「あなたが居てくれて助かった。ありがとう」と人に言われて、自分の存在意義を感じられた時。

けれど僕は我欲の強い人間であるため、単に人のために自我を押し殺すのではなく、それをより広く豊かなものへ昇華させていきたいと思っています。それを、お客様やメーカーさん、そして社員の皆さんとの関わりを通して学ばせてもらいました。「僕の事業」から「僕たちの事業」へ広げていく心持ちを大切にしています。

社内で大切にしている文化はありますか?

「学習する組織文化」を作りたいと思っています。学習するというのは、単に知識を増やすということではなく、常に変化して成長していくということ。そこに人間としての喜びや達成感があると思うのです。具体的には年に2回、社員の価値観の共有と人間的な成長を目的として、1泊研修を行っています。

プロジェクトチームを作って、テーマに沿った活動をするのですが、去年の夏はアクティブシニアの観察をテーマに、銭湯などに行って取材をしました。他にも、伊勢の修行寺に行って真冬の禊を体験するなど、色々なことをしていますね。また、毎月社内ではベンチマーク発表というものを行います。

これは、職種ごとのチームを作り、自分たちで決めたテーマに基づいてベンチマークする企業を選び、その企業に行って学んだことを月1ペースで発表するという取り組みです。

今後の事業展開についてお聞かせください。

現在は、通販会社に対してオリジナル商品を企画して卸すことが中心ですが、今後は自分たちが主体となって、自社商品を広めていきたいですね。当社では3つのブランドを持っていますが、これらをより魅力的なブランドに成長させることで、卸売り中心だったビジネスモデルを、自分たちで作って自分たちで売るというカタチに変えて行こうと考えています。

そしていずれは、イタリアのミラノサローネ(国際家具見本市)やドイツのアンビエンテ(消費財見本市)にも出店し、海外でも通用するブランドに育て上げていく予定です。規模は小さくても、自分たちの得意とする領域をしっかりと築いていける会社を目指しています。

起業を考える方へメッセージをお願いします。

起業には、常に覚悟とリスク、社会に対する責任などがつきまとうので、コツコツと一生懸命やっているだけでは難しいこともあります。競合他社を含めたポジショニングと運に恵まれる出会いも大切ですね。

けれど、リスクを楽しみながらやっていけるポテンシャルとわくわくできるモチベーションがあれば、きっと成功できるのではないでしょうか。自分の夢や可能性に全力で挑んで、充実した人生を掴んで欲しいです。

座右の銘を教えてください

「我一体なんぼのもんじゃい」。自分に何ができるんだろうという創業時の想いを込めた言葉です。人間は全てを親から貰って生まれてきますが、その与えられた全てを、その後の出会いや環境でどう開花させていくかが重要だと思うのです。

自分の潜在能力を発揮させることが、自分の可能性を広げることに繋がるのだし、その過程で喜びというものを感じるのが人生だとすれば、自分の能力を昇華させていこうとする人は、とても幸福なのではないでしょうか。

最後に、御社が求める人材について一言お願いします

素直さと、コツコツ積み上げてより偉大なものにしていく粘り強さ、諦めない想い、それらを持つ人は魅力的ですね。人は環境の動物ですから、周りに対しても自分に対しても、自ら環境を作っていこうとする人と一緒に仕事をしたいです。

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