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村式株式会社 住吉優 鎌倉発!人と人をつなげ面白きことを

JOBSHIL編集部
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村式株式会社
代表取締役
住吉優

広島県呉市出身。神奈川の葉山在住。山口大学大学院を修了後、大日本印刷株式会社に入社。2006年友人5人で「村式」を創業。主な実績に手仕事のギャラリー&マーケット"iichi(いいち)"、日本発世界の挑戦者を支援するクラウドファンディング"COUNTDOWN(カウントダウン)"、鎌倉市専用クラウドファンディング”iikuni(いいくに)”など。「日本の偉人100人」(致知出版社)では高杉晋作を執筆。数々のウェブサービスを手掛ける一方で寺子屋の先生の資格を持つ。
生年月日: 1977年 出身: 広島県 出身校: 山口大学大学院

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※この記事は「2014/03/28」に「ビジョナリー」に掲載されたものを、JOBSHILに転載しております。

生い立ちをお聞かせください

ごく普通の家庭の子どもで、泥んこまみれで遊んでいました。小学校時代のソフトボールからはじまって、中学でバレーボール、高校では柔道をするなど体育会系でしたね。

コンピュータに触れたのは大学に入ってからです。山口大学に入り化学を専攻し、薬品の合成や物質の分析をしたりITとはほど遠いことをしていました。ただ、インターネットから情報を収集したり、HPを作ることは楽しいと思っていました。

起業のきっかけをお聞かせください

特に崇高な理念があったわけではなく、人と人をつないで、仲間と一緒になにか面白いことをしたかったという思いがきっかけです。大学院でやっていたこととは真逆の世界です。

DNP(大日本印刷)に入社したのは、一度東京に出てみたかったのと、当時クライアント数が日本一多く、印刷業以外の事業も多く手掛けられていたので、魅力的な人が集まっている会社に違いないという思いからです。

大日本印刷ではICカードを発行するシステムのSEをしていました。それが起業のきっかけになったともいえます。そもそも高校・大学の仲間と何かをするのが好きで、「大人になったらみんな何らかのプロになっていっしょにすごいことをやれたら面白いよね」という話をずっとしていて、社会人になってからもそのことを胸に秘めて働いていました。

起業すべきか否か色々と悩みましたが、坂本龍馬が脱藩したのが28歳だったので、自分も同じ歳になった時「今だ!」と思って、仲間を口説き、いろいろな事業アイデアを出し、人に会ったり、半年間くらい準備活動してから起業しました。何をやるかより、誰とやるかを大事にしていたため具体的な事業プランはほぼ皆無だったのですが(笑)

とは言っても、食べて行かなければならない。そこで僕が広島出身ということもあり、牡蛎を売るか、もしくはWebの事業にするかという案にしぼられて、仲間にITのエンジニアが多くWeb好きが3人いたので今の方向に進んだのです。

鎌倉にこだわるようになった経緯をお聞かせください

縁があって鎌倉に来た感じです。SEという仕事の労働環境は一般的にあまり良くはないと思います。基本的にずっと画面とにらめっこで座りっぱなし、隣の人とも会話すればよいのにエビデンス(証拠)が残るからという理由でメールでやり取りするような環境も少なくない。

それで体調を崩す人も多い。ただそんな業界であっても働く仲間同士、信頼関係があっていざとなったら阿吽の呼吸で動けて、仲が良くて健康的な環境下で働ける、そんな会社にしたいと思ったのです。古き良き村にはそんな人間関係がベースにあったと思うので「村式」という社名にしました。

創業は都内だったのですが、「鎌倉は良いよ」と先輩企業に声を掛けられたことがきっかけで社員全員で鎌倉を訪れたところ、街の雰囲気が気持ちいいし、歴史があって海も山もある。とにかくその空気感がとても気に入り、ここで働きたいと思うようになりました

いまの事業はどのように生まれたのでしょうか?

町のクラウドファンディングにしても、「iichi(いいち)」というC2Cのマーケットプレイスにしても「webという場」を作って運営しているというイメージです。

鎌倉は環境が良いのですが、ビジネス的には不便な所ですのでオリジナルのアイデアを磨く必要があります。社員とたくさん会話をして、そこで生まれたアイデアが今のビジネスにつながっています。

鎌倉は企業同士の仲が良く、また暮らしと仕事が近くて、街の人とも多くのコミュニケーションがあります。いろいろな人と触れ合っていろいろなことをシェアし合える、そういった人間的に良い環境の中から良いものが生まれていくように思います。

社内で大切にしている文化はありますか?

「自分たちは何がしたいのだろうか、何をどうすべきか、何のためにやるのか」ということを社員全員で車座になって対話することを創業以来続けています。

イメージとしてはアメリカ先住民が焚き火を囲んでゆっくり話し合う感じです。その度に、理念・ビジョンが進化していきます。新しい事業を始める前には北鎌倉の古民家で一泊二日の合宿をし、プロジェクトメンバー全員で対話しています。

そうすると折れないチームが作れるのです。このビジョンづくりとチームづくりを大事にしています。

今後の事業展開やアイデアをお聞かせください

「カマコンバレー」という、ゆるやかなコミュニティで鎌倉を盛り上げようと活動していますが、これからもこのような場づくりをしていきたいです。

今は、鎌倉の街で面白い活動をしている人を月に一回の定例会に呼んで、「こんなイベントをやりたい、こんなものを作りたい」などとプレゼンしてもらっています。その企画を定例会に集まった人たちでブラッシュアップして、さらに具現化するためにクラウドファンディングでお金を集めて実行するという流れができつつあります。

プレゼンをただ聞くだけでなく、全員参加型のブレストになるので自分事になりますし、仲間が増え、企画が実現するスピードもアップして、楽しい。この仕組みは他の地域にも使えると感じています。実際、他の地域から鎌倉に見学に来られたり、こちらから見学に行ったりと交流もしています。

今後も、いろいろな地域をつないでイベントや新しい事業を立ち上げて地域を活性化したいと考えています。ネットを活用したシステムと、リアルな場づくりというソフトの部分を合わせて進めていきたいですね。

これまでの8年間で失敗談はありますか?

「iichi」を立ち上げるときに博報堂さんと組みましたが、実現しようとしているサービスのレベルが自分たちの実力以上の高さだったのです。できる限りリソースをかけた良いサービスなのですが、皆の実力が追いついていけず、経営的にもきつくて何度も自信を失い、大変でした。

それがあって今があるのですが。新しいサービスを立ち上げる時にエネルギーが必要なのはわかっていましたが、社員同士の対話ができなくなるほどになってしまい、体調を崩したり、皆がきついと思う時期がありました。

でもそれが原点回帰となって、自分たちが大事にしていたことに改めて気づくことができました。

座右の銘を教えてください

「おもしろきこともなき世をおもしろく」です。高杉晋作の辞世の句と言われている言葉です。

大学時代は典型的なダメ学生で、世の中を斜に構えて見ていたのですが、この言葉を雑誌で見てガーンと来て、仲間といっしょに面白いことをやろうとか、もっと熱い生き方があるのではないかという気持ちが湧いてくるようになりました。

この言葉に出会わなかったら人生は全然違うものになっていたと思います。

起業を志す若い方へメッセージをいただけますか

本気でやりたいことがあるのなら、考えるよりも先に行動した方が良いと思います。行動していると、人って不思議と潜在能力がどんどん出てきて能力も上がりますし、自分でなんとかする力は絶対に湧いてきます。

出会いも増えますし、大変なことも喜びもすごく大きくて、すごく刺激的です。人生が絶対に面白くなると思いますよ。

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