“次世代を担う教師を育成して子どもの未来をバックアップ”

特定非営利活動法人Teach For Japan
代表理事兼CEO
松田悠介

インタビュー: 2014/07/04

2006年に日本大学を卒業後、体育科教師として中学校に勤務。体育で英語を教えるSports Englishのカリキュラムを立案。その後、千葉県市川市教育委員会教育政策課分析官を経て、ハーバード教育大学院修士課程(教育リーダーシップ専攻)へ進学。修士号を取得する。卒業後、外資系コンサルティングファームPricewaterhouseCoopersにて人材戦略に従事し、2010年7月に退職。Teach For Japanの創設代表者として現在に至り、世界経済会議Global Shapers Communityのメンバーでもある。 経済産業省「キャリア教育の内容の充実と普及に関する調査委員会(2012年)」の委員も務める。著書「グーグル、ディズニーよりも働きたい「教室」(ダイヤモンド社)」

生年月日:
1983年
出身:
千葉県
出身校:
ハーバード大学院

- 元々、学校の先生をされていたと伺いました

自分が中学校でいじめられていたときに、救ってくれた先生がいたのです。それが原体験となって、自然と教師を目指すようになりました。そのため、「徹底的に子どもと向き合っていこう」という強い想いを持って教職に就いたのです。しかし、現場に入ってみると、全員の先生がそういう想いで働いている訳ではないという現状を目の当たりにしました。もちろん、子どものことを第一に考え、熱い思いを持った優秀な先生方もたくさんいるのですが、その反面、学級崩壊しているクラスに対し、職員室で生徒の名前を出しながら愚痴を言っている先生もいる…。私は、子どもと先生が信頼関係を築けるかどうかも、わくわくする授業を展開できるかどうかも、全ては教師によって左右されると思っています。子どもが悪いことなんて一つもありませんよ。

- 自分が思い描いていた教員生活とギャップがあった訳ですね

はい、現実を目の当たりにしたような感じでした。そのため、自分の中で二つの選択肢を出したのです。一つはこのまま現場に残り、教員としてやっていくこと。もう一つは退職をして、一人でも多くの子どもと向き合える教員を増やす仕組みを追求していくこと。とても悩みました。そんな中、先ほどお話をした愚痴を言っている先生が、最初は子どもが大好きで熱い気持ちを持って教員の世界に入ったのだということを同僚に聞いたのです。けれども教員をやっていくうちに、だんだんとその現実や仕事内容を目の当たりにして持っていた情熱が薄くなってしまった、と。その話を聞いて自分に置き換えて考えたとき、果たして今のモチベーションを教員生活の最後まで持ち続けていられるのかどうか、自信がなくなってしまったのです。その瞬間、「これでは子どもに申し訳ない。今の自分が子どもの前に立つべきではない。」と感じました。そこで学校現場を離れ、違った立場で課題解決をしたいと思い、考えをシフトしたのです。

- 具体的にはどのような行動を取られたのでしょう?

リーダーシップやマネージメント力を身につけるため、もう一度勉強をし直そうと決意し、国内の大学院を探しました。しかし、自分に足りないものを学べる場所がなかなか見つからなくて…。最終的にハーバード大学にあるスクールリーダーシッププログラムというところで学ぶ決意をし、入学しました。

- 学費や生活費などの資金はどのようにしてまかなったのですか?

2年間の教員生活が本当にハードだったので、お金を使う時間がありませんでした。なので、自然と貯まっていったそのお金に加えて、車を売るなどして捻出しましたね。実は私、「自費」ということにこだわりを持っているのです。元々、大学に通っていたころから日本育英会の奨学金を480万円借りて学生生活を送っていた過去があり、ハーバード大学院へ進学する際も600万円ほどかかりましたが、自分で出すからこそ真剣に学べると思っているため、借金をしてでも通おうと決意しました。おかげで無事に1年間、通うことができましたよ。

- それは、ご両親の考えが影響しているのでしょうか?

そうですね、父親も母親も一人親家庭で育っていて、決して恵まれた環境とは言えなかったと思います。もしかしたら、子どもである私も貧困の連鎖で苦しんでしまったかもしれません。けれど、自分で道を切り開くことを両親が教えてくれたことで、そこから抜け出すことができたと考えています。中学校3年生からアルバイトもしていたので、自立に関しては人より早かったですね。そのように強く育ててくれた両親にはとても感謝しています。

- 大学院に行ってみていかがでしたか?

Teach For Americaという教育NPOの存在を知りました。アメリカ国内の一流大学の卒業生を教育困難地域にある学校に常勤講師として赴任させるプログラムを実施しているのですが、その考えは34カ国にまで広がり、1万人も働いている。この団体の考えならば、自分が目指している教師像、教育機関を増やせると思い、「ぜひ日本に持ち帰って始めたい!」と心が動きました。しかし、「Teach For Americaモデルの日本での実現の可能性」について修士論文でも書いたのですが、日本には寄付文化がなく、新卒採用文化があり、アメリカとは教員免許制度も違う。世界には広がっているけれど、現実問題として日本で根ざしてやっていくには難しいとも思いましたね。

- その後、日本に戻ってきて就職をされたのですか?

Teach For Japanを設立するために戻ってきました。先ほど申し上げたように、日本で実現ができない理由は修士論文で結論づけました。しかし、アメリカで出会ったTeach For Americaの先生や卒業生の情熱を忘れることができなかったのです。そこで、発想の転換をしました。修士論文で結論づけたのは、できない理由ではなく、逆にこれらの条件を整えればこのモデルを日本でも実現できるのだ、と。帰国してからは、起業の準備に明け暮れました。大学院では理論でリーダーシップを学びましたが、今度は実践に活かしていかなければならない。そこで、コンサルティングファームに就職を決めました。3年間は働く予定でいたのですが、教育に対する情熱を忘れることができず、1年で退職してしまいましたが…(笑)。

- そして、念願のTeach For Japanを設立したのですね

はい!2010年7月、自分の誕生日に無事に企業することができました。1年の中で最初の1日。「未来を担う子どもたち、そしてこれからの自分のために新しいページを作るんだ」という気合い入れになりましたね。日本でNPO団体が発展しづらい傾向にあるのは、組織として体制が整っていないからだと感じていたので、公認会計士や税理士、コンサルティングに入ってもらい、安心して信頼して寄付をしたいと思っていただける場所作りに努めました。これからもどんどん共感の輪を広げていきたいと思っています。また、日本の教育が抱えている課題がなくなるよう、自分たちのミッションを達成していきたいですね。

- この新しい改革を始めるエネルギーはどこにあるのでしょう?

ビジョンを持ち、そのビジョンを実現できると信じているのです。私は国創りの根幹は教育にあると信じています。そして、その教育を発展させる上で最重要なのが携わる人たちの質です。私は教師をもっとも魅力的な仕事にしていきたいと思っています。もし、この国で最も優秀な人材が教育に携わるようになれば、昨今言われている多くの教育課題を解決できると信じていますし、この国の発展に貢献できると思っています。

- 起業を考えている方にメッセージをお願いします

飛行機と起業は似ていると思っています。というのも、飛行機は色々な乗客の想いを乗せていますよね。ですから、とても重いです。気持ちの面でも、機体の重量の面でも。また、垂心力と逆の力が合わさることで、あの重たい機体が飛び立つ訳ですよね。起業すると、逆風ばかり起こりますから大変です。けれども、逃げずに立ち向かっていかなければならない。「逆風きた、よっしゃ!」と思えるかどうかが肝心だと思います。とは言え、私もまだまだ飛行中の身です。みなさんも一緒に頑張りましょう。