“「人材」こそ最高の宝。信頼できる仲間と共に世界を変える”

シアトルコンサルティング株式会社
代表取締役
京和将史

インタビュー: 2014/07/18

大学卒業後、ITベンチャー企業へ就職。約4年間、エンジニア職と営業職を経験したのち、29歳でシアトルコンサルティング株式会社を設立。2008年からはwebサービスにおける社内開発を本格的にスタートさせ、数々の自社製品をリリース。以降、ベストベンチャー100に6年連続で選出されている。また、2009年には組織体制を「チーム・シアトル」へ移行させ、社内メンバーがより一丸となって、生き生きと働ける職場づくりを推進。現在はミャンマーにも開発拠点を置き、海外事業にも力を入れている。

生年月日:
1976年
出身:
東京都
出身校:
早稲田大学

- 起業しようと思ったのはいつ頃でしたか?

大学時代です。浪人後、目指していた早稲田大学の政治経済学部へ無事に入学できたのですが、入ってみると想像以上に授業がつまらなくて、自分はなんのために学んでいるんだろう…という思いがすぐに芽生えてしまい、早く社会に出て仕事がしたいという気持ちが膨らみました。でも、母が若くして亡くなっているので、自分も30代くらいで死ぬんじゃないかという漠然とした予感があり、普通にサラリーマンとして働くことは嫌だなと思っていました。母を喪った時から、人生や人間って死んだらとても儚いなと感じていて、だから自分は、仮に短命だったとしても何か後世に残るようなことをしたい、死ぬ時に後悔しない人生を歩みたいという気持ちが強かったんです。これがきっかけで起業しようと思うようになりました。

- 大学卒業後は、どのような進路に行かれたのでしょう?

在学中から学生起業を目指して準備はしていたのですが、当時の僕は事業計画などが作れなくて、これでは仮に起業しても失敗するな、という確信が目に見えたため、まずは就職して3年間働いたのちに独立しようと考え直しました。そこで、今後の人脈作りなどに有利となりそうな出版社への就職を目指しましたが、当時は就職氷河期で1社も受からず、最終的に入社したのは小さなITベンチャー企業。ITの知識は殆どありませんでしたが、とにかく何かモノづくりをしたい、未来に残るような仕事をしたいと思っていた僕にとっては、とても魅力的な会社でした。小規模な会社だったので、webシステムを作ることから始まり、ありとあらゆる経験をたくさん積むことができましたね。

- そこから現在のITコンサルという道が拓け、起業に至ったわけですね。

当初はシステムエンジニアとして働いていたのですが、ちょうど1年が経った頃、突然社長に呼ばれ、会社経営が厳しいので営業をやってくれないかと言われたんです。僕はモノづくりをしたかったので最初は断りました。ですが、1時間以上も説得され、結局営業職へ移ることに…。最初の頃は、上司たちのプレッシャーに負けるものかという気持ちだけで頑張っていましたが、徐々に営業そのものが楽しくなってきて、いつしかのめり込んでいましたね。そして会社経営が安定してきた3年目に、独立について再び考えるようになりました。僕の同期は25名いたのですが、その数名がすでに独立をし始めていて、焦りが出てきたことがきっかけでした。それである日、思い切って同僚に「一緒に会社を作ってみませんか?」と誘ってみたところ快諾をしてくれて、そこからはトントン拍子に事が進み、晴れて4年目に起業することに成功しました。

- 設立当初のビジョンをお聞かせください。

設立当初はとにかく起業したいという想いばかりが先走っていて、明確な起業ビジョンというものはありませんでした。そのため、最初の2年間は営業に徹して、より多くのお客様と信頼関係を結んで営業利益を出すという基盤作りを重視していました。でも、お客様と社員を大事にできるアットホームな会社を目指そうという気持ちは最初からありましたね。やはりこの業界は個性の強い人が多いので、トップのワンマンではなく、社員それぞれに裁量を持たせ、能力に応じた給料をきちんと支給できる仕組みが大切だと考えていたので。そして社員数も20名以上になった3年目に、「チーム・シアトル」という組織概念が生まれたんです。

- チーム・シアトルとは?

簡単にいえば、会社をひとつのチームとして捉え、皆で一丸となって成長して行きましょう、という意識の共有ですね。IT業界は、独立色というか個人色が強い業界ですが、当社では協力し合いながら仕事を進めていくことに重点を置いています。大切な社員たちが個性を発揮して、生き生きと働くためには良好な人間関係が必須ですので、全社会議や社内イベント等を積極的に行い、普段からコミュニケーションを取りやすい環境づくりにも力を入れていますよ。社員同士でも自主的にイベントを開催したりしていますね。こういった強い仲間意識が、仕事の原動力にも繋がっていると思います。僕はこの業界の最大の宝は「人材」だと考えていますから。

- 事業内容について教えてください。

現在は、4つの事業を柱としています。1つ目は、ITコンサルティング。web経営に関するお客様の課題を、よりシンプルかつ低コストで解決するために、システムの提案と開発を行います。2つ目は、システムインテグレーション。企業の情報システムの導入に際し、ユーザーの目的に応じた企画の提案からハードウェア、ソフトウェアの選定、システムの開発や構築、運用までのトータルなサービスを提供しています。3つ目は、自社サービスの開発と販売。スマートフォン用アプリケーションや、セキュリティ・教育の分野で役立つwebソリューション等を主に手がけています。そして4つ目は、海外事業。現在ミャンマーに開発拠点を構えているのですが、今後はシンガポール等の東南アジアからも案件受注ができるよう、積極的にセールスをかけている最中です。

- 今後の事業展開はどうお考えですか?

当社のミャンマー拠点の現地社員数はまだ25名ほどですが、2年後には100名くらいに増やして、海外での活動範囲を広げたいと考えています。国内のIT業界は縮小傾向にあるので、国外拠点を増やし、アジア各国で稼げる体制をまずは作りたいですね。そして2016~2017年くらいには、アメリカへの進出も視野に入れています。残念ながら今の日本のwebサービスは、IT市場規模は世界3位であるにもかかわらず、国外では殆ど通用していないのが実情。そのため、圧倒的なwebサービスの先進国であるアメリカのビジネスノウハウや技術力を取り込んでいかなければ、世界で通用するサービスは一生作れない。今後、医療福祉や教育に関するより良いwebサービスを世界に向けて開発・提供していきたいという目標があるので、それを達成するためにもアメリカ進出は絶対不可欠だと考えています。

- 日本のIT業界で、いま一番必要なものとはなんでしょう?

やはり、広い視野を持った優秀な人材の確保と育成ではないでしょうか。ミャンマーに拠点を構えた頃から、なぜ日本のIT業界は世界に通用しないのかずっと探っていましたが、やはりアメリカなどの他国に比べ、IT業界には優秀な人材が足りていないのが最大の要因だと気付いたんです。他国ではトップクラスの人材がこぞってIT業界での成功を目指しているけれど、日本ではITをはじめとするモノづくりの職種より、お金をいかに動かすかというような職種に人気が傾きすぎている。けれど、少子高齢化が加速する日本では、今後ますますITを含めたモノづくりの分野が重要になってくるので、そこに力を入れなければ世界に取り残されてしまいます。モノづくりの業界に人が流れなくなった大きな要因のひとつは、やはりここ50年の間に出来上がったゼネコン体質によって、モノづくりの現場が人数勝負の単純労働になってしまったことだと思うんです。IT業界も同じで、わーっと人を集めて体力勝負で作るというような悪い流れが定着しつつある。そういう現場に面白いことをしようと考える人材は入らないですよね。ですから僕は、人材というものを最大限に活かせる会社作りを今後一層大切にしていきたい。業界の古い体質を、僕らの若い力で変えて行かなければなりません。そしてやがては、モノづくりで日本をもっと元気に変えていきたいと思っています。