“目指すは宮崎で1000人採用!地域とネットショップの未来をアツくする”

株式会社アラタナ
代表取締役社長
濱渦伸次

インタビュー: 2014/08/29

「宮崎で生活をしていくには自ら仕事を作るしかない」と起業を決意。カフェ開業を皮切りに、デザイナー、カメラマンといったフリーランスの仕事やネットショップ店長など、様々な仕事を経験する。ネットショップ運営の成功から、2007年に友人と共に株式会社アラタナを設立。ECサイトの構築、運営の効率化といった事業を柱に”宮崎に1000人の雇用を創出するベンチャー企業”を目指している。

生年月日:
1983年
出身:
宮崎県
出身校:
都城工業高等専門学校

- どのようなお子様でしたか?

父は普通のサラリーマン、母も給食のおばちゃんというごく普通の家庭に育ち、おとなしい子どもでしたね。父親がコンピューター好きでパソコンが家に2台あったため、小学生の頃からペイントブラシで遊んだり、簡単なプログラミングをしたりする機会に恵まれていました。情報系の授業が好きで、中学生の頃はインターネットをずっとやっていたので、将来はゲームのプログラマになりたいと思っていました。ロボコンに憧れて5年制の高等専門学校に進んだのですが、実に自由な校風だったため、ロボコンの研究や勉強はそっちのけで遊んでいましたね(笑)。逆にその頃から商売に関心が向き始め、ネットオークションに夢中になって、1か月の売上が20~30万円程になったこともありました。

- 学校卒業後は、どのような仕事をされていたのでしょうか?

コピー機のメーカーに入社して東京へ行きましたが数か月で辞めてしまい、宮崎へ戻りました。そこで、仕事が少ない宮崎で暮らすためには自分で仕事を作るしかないなと思ったんです。もし戻った先が都市部だったら起業しなかったかもしれませんね(笑)。またその頃、イギリスのデザインプロダクションに憧れていて、クラブのVJ(ビジュアルジョッキー)を始めました。それがきっかけとなり、友人が増えてきたので、飲食だったらうまくいくだろうという軽い気持ちでカフェを始めたんです。ところが、自分の店に気の合う仲間を呼んで盛り上がってくると「タダでいいよ!」と振る舞い酒をしてしまい、半年程で潰れてしまいました。

- 現在の事業を起こしたきっかけとは?

事業を失敗したところで終わるとカッコ悪い、カッコ悪くなりたくないという思いから、再度起業して成功したいと思ったんです。といっても何をしようかなかなか決めきれず、まずは食べていくためにカメラマンやデザイナー、ネットショップの店長など、フリーランスの仕事とアルバイトを掛け持ちしていました。その中で、商店街のアパレルショップでネット通販の店長を任せていただいたことがすごく大きく影響しています。地方のお店でもこんなに売れるんだと分かり、地方ビジネスの可能性を感じました。ちょうどその頃、高専時代の同級生と「大きな会社を作りたい」と熱い想いを語り合うようになっていたこともあり、一緒にネットショップ専門の会社を立ち上げることにしたというわけです。

- 起業後に苦労したことはございますか?

2007年の創業当時は、サイバーエージェントの藤田さんをはじめ、ネットベンチャーが非常に盛り上がっていた時期。どこも素敵なオフィスで、本当にかっこよく、憧れていましたね。そこで僕も、創業当初の資本金300万円の全額をオフィスにつぎ込んでしまったんです。自分達の給料が全然出せなくて、ごはんを食べるお金もない。そうめんのつゆすら買えなかったので塩をかけて食べたり、もやしだけで1週間過ごしたり…(笑)。当時は経営者としての自覚が足りず、感覚でビジネスをしていたので設立後1、2年は資金繰りで苦しみましたね。

- 経営が上向いた経緯をお聞かせください

当時の会社は、僕がデザイン担当、一緒に事業を興した穂満がプログラミングという分担で、セールスができない組織でした。ところがある時、とある営業マンが事務所に営業にやってきて、100万円以上もするコピー機を売ろうとするんです。夜中になっても帰らないこの営業マンに惚れ込んで、最後はコピー機を買ってしまいました。ですが同時に、その彼に「当社のシステムを売ってくれないか」と話をしたんです。こうして彼が営業をしてくれるようになって、会社の雰囲気ががらりと変化。それまではとても静かだったのに、四六時中営業の電話をかけっぱなしの賑やかな会社になって、徐々に売上が立つようになりました。それ以降、売上が伸びたら人を増やすということを繰り返し、利益を出すことよりも良い人材を増やすことに注力しています。

- 目標の「宮崎で従業員を1000人にする」こととは?

もともと「大きな会社にしたい」と話をしていたので、「従業員1000人規模の会社にしたい」というのは2人とも強く思っていました。1000人という数字は、シンプルな目標にしたかったからです。100人は頑張れば達成できそうだし、宮崎の人口が30万人であることを考えると1万人は難しい。それでちょっと頑張って1000人にしようと決めました。現在、従業員数100人を超えたところですが、150人、200人と徐々に増やすのではなく、500人、1000人と一気に増やし、2020年には1000人を達成したいと考えています。それから僕はコールセンターなどを作って1000人を達成するというより、付加価値を作る人間1000人を宮崎に作りたいんです。そうしないと地域経済が豊かにならないし、成長しないと思っているので。

- 今後の事業展開についてお聞かせください

会社としては主力のネットショップ事業を伸ばして、「ネットショップの今と未来をアツくしたい」と思っています。今は東京と福岡の支社をクローズしてすべて宮崎に集約し、技術的にもサポート的にもどうやったら良くなるのかを、宮崎で徹底的に追求しています。それから僕としては、グループ化した東京にある2社の事業を伸ばしていこうと思っています。そのひとつがセキュリティ事業を手掛けるゲヒルン株式会社で、セキュリティと言えば彼らしかいないと思って3年ぐらい口説き続けて実現しました。セキュリティはネットショップのキモですから、「ネットショップの今と未来をアツくする」という目標と直結する分野です。もう一方の株式会社ハニカムは、メディアの編集力を当社に取り入れたいという思いでグループ化した会社です。彼らはメディアコマースを手がけたい当社にとって非常に重要で、決して真似できない技術をもっていると思っています。ハニカムの絶大なメディアとしての発信力をいかした、「メディア×Eコマース」の新しい形を探っていて、具体的には広告費をかけずに売上を伸ばす施策やファンを増やす施策に取り組んでいます。

- 会社の文化について教えてください

共通の思いとしては、「宮崎が好き」ということでしょうか。社員は皆、宮崎が好きでそれが入社のきっかけや理由だったりするんです。中には県外からのIターンも2、3割いて、宮崎出身の人もそれ以外の人も、色んな経験をもった人を互いに受け入れる文化が定着しています。それから、社内では「ハッピートライアングル」と呼んでいますが、いわゆる三方よし、「会社・クライアント・社員みんながハッピーになる」というのを実践しています。行事最優先という文化もあって、先日のワールドカップの時には出社時間を遅らせたり、大切な人がピンチのときは迷わず迎えに行けと言ったりしています。

- 御社の求める人物像とは?

素直な人がいいですね。ベンチャー企業というのは、朝言ったことが夜変わっていることもあるような世界です。それを「そっちもおもしろいですね」と言えるような人が向いていると思います。それからマニアックな人も好きです。たとえば、仮面ライダーなどの戦隊モノが好きで、飲み会でベルトをつけながらビール飲む人だったり…(笑)。こういうこだわりがある人は光るモノを持っていると思うので、オタクな人も大歓迎です。

- 起業を志す方へメッセージをお願いします

地方にこそ起業のチャンスがあると思います。東京はオフィスの賃料も人件費も高いですし、それに地方の方が人材も集めやすいのではと思います。僕は何年も前から毎月東京に出張していますが、「宮崎から来ました」というと「わざわざ来たのか…」と追い返さずに会ってくれるし、その繋がりが今でも生きています。資金面では投資を受けづらい部分などもありますが、地方だからこそ目立つ方法が沢山あるし、地方だからこそのチャンスもあるのでぜひチャレンジして欲しいと思います。

- プライベートはどのように過ごされていますか?

平日は100%仕事にコミットして働いていますね。家は寝るためだけに帰るか、ホテルに泊まってしまうことが多いです。その分、土日は100%家庭にコミットして、子どもたちと出かけるなどして遊んでいます。

- 座右の銘を教えてください

「成長が全てを癒す」ですね。ベンチャー企業というのは、体力的にも精神的にも99%苦しいんです。けれども、成長していると全てが楽しくなってくる。逆にたくさん利益が出ていても、成長がないというだけで暗くなってしまうという話を聞きました。ハードワークであっても成長していれば楽しいし、とにかく成長し続けることがモットーです。

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