“全国展開する「ごちクル」で 美味しさと感動をお届けする”

スターフェスティバル株式会社
代表取締役社長
岸田祐介

インタビュー: 2014/09/05

大学在学中にカラオケ店の隙間時間を利用したアイデアで成功。その後、アパレル卸売企業の営業マンを経て、2002年楽天に転職。「楽天デリバリー」の立ち上げや楽天イーグルスの創設にも関わる。2009年7月にスターフェスティバルを設立。商品開発から配達までを一括して行う、宅配弁当の総合モール「ごちクル」の運営を手がけている。

生年月日:
1977年
出身:
兵庫県

- 起業に興味をもったきっかけを教えてください

大学1年生の頃にアルバイトをしていた、大阪・道頓堀のカラオケBOXがきっかけです。お店の営業時間は、お昼12時~朝5時まで。朝5時~お昼までは閉店しているのですが、これを私は「もったいないな」と感じたんです。普通だったら、早朝からカラオケなんて誰も来ないと思われがちですが、飲み屋が立ち並ぶ道頓堀という土地柄、夜のお仕事の人達にとって早朝5時は、一般的な会社員のアフター5と同様。なのに、早朝はどこのお店も閉まっていて、遊びに行く場所がないという状態。この時間に店を開けば、必ずお客様が来てくれるはずだと考え、オーナーに交渉し、閉店していた時間でカラオケBOXを営業する権利を得ました。オープンしてみると、予想通り大盛況に!けれど、1年でオーナーから「もういいよ。」と言われ、営業権利をとられてしまいました。これが私にとって、最初の“成功”と“失敗”でしたね。

- 次に目をつけたビジネスチャンスとは?

その後は、輸入ハンドバックを輸入・卸・小売をしている会社の百貨店外商営業マンとして働いていました。そんな時、ハンドバックが入っていた輸入のための良質なダンボールや高級ブランドの紐や袋などが捨てられているのを目にし、インターネットでこれらを販売するのはどうだろうかと思いつきました。会社へ交渉するとすぐに「どうせ捨てるものだから」と、快く譲っていただけることになり、さっそく販売を開始。開始後、みるみるうちに売れ始め、給与の3倍ほどを稼げるようにまでなりました。ただ4ヵ月ほどやってみたとき、今後はこういう商売をする人が増えてくるだろうからこのまま続けても先細りになるだけだろうと考え始め、それよりもこのインターネットという世界をもっとのぞいてみたいと思うようになり、IT業界への転職を決めました。

- どんなIT企業の門をたたいたのですか?

最初は、ヤフーです。けれど私の実績といえば、カラオケ店の経営やネットオークションでの販売のみ。履歴書に書ける類のものはなく、当然ながら返事すらもらえませんでした(笑)。だったら他にはないか?と探してみると、まだ一般的に有名でなかった楽天という会社に出会いました。「そんな会社、大丈夫?」と母親にも心配されるなか、2002年10月に入社。すると入社1カ月目、上司に六本木のアマンドで「いつまでこの会社にいるんだ?起業するなら早い方がいいぞ」と言われたんです。私はその場で、「30歳になったら起業します」と約束しました。

- 楽天ではどのような仕事を担当されていたのでしょうか?

楽天デリバリーという出前店ショッピングモールの立ち上げ事業を3年ほどやっていました。出前をやっているお店に対して、出店をお願いする営業です。その後、楽天イーグルスの球団立ち上げプロジェクトの社内公募に手を挙げ、応募者200人のうちの3名に選ばれ、仙台で働いていました。思えば、私はITという世界にいながら、結果的にはリアルなビジネスの現場でばかり働いていたように思います。そして、ついにあの約束の30歳がやってきたのです。

- いよいよ約束の30歳ですね

貯金もビジネスプランも何もありませんでしたが、とりあえず楽天を辞めました。それは上司との約束というよりも、このままこんなおもしろい会社にいたら、起業できなくなると思ったからです。やりたいと思えば、いろいろなことにチャレンジさせてくれるし、給与面もとても恵まれている。こんな条件のいい場所にいたら、一生起業できない!と、奮い立ちました。その後は、楽天立ち上げの際にお世話になった恩師、小澤隆生氏がエンジェル投資家として独立されたばかりだったので、ご自宅に出入りさせていただくように。ただ雇われるのでなく、自分で稼げというスタンスでしたので、とにかく起業のためのビジネスプランを模索し続ける日々でした。

- そして、たどり着いたビジネスプランとは?

飲食産業でした。思えば、私の人生は楽天デリバリーでも、球場の運営でも、常に飲食が関連していたのです。けれど、実際に私は飲食の現場にいた経験がない。そこで、1ヶ月、タダでいいから飲食の現場で働かせてほしいと頼み込み、フレンチレストランで接客、調理場、経営などのすべてを働きながらみせてもらいました。その結果、レストランを経営するには3000~4000万円かかるということがわかり、シェフでもない、経営の経験もない自分が借金して投資するには、リスクがありすぎることがわかりました。そんなとき、小澤さんの家の軒先を借りてお弁当屋をやる話が出たのです。そこで私は、お弁当を自分で作るより工場に依頼して、それを宅配する業者も依頼して、ネットを活用して集客する方法がもっとも効率とコスト面で実現しやすいビジネスモデルだということに気づきました。これが、スターフェスティバルの核となる事業の始まりです。

- 起業後の運営が確信に変わった瞬間を教えてください

起業は、弟と2人でワンルームの一室からスタート。弟にホームページのつくり方の本を2冊渡し、これでお店のホームページをつくれと言って、私は営業へ。半年かけて起業の準備をして、2009年4月1日に一号店となる「南青山惣助」をオープンしました。ただオープン当初の2週間は、まったく電話がならず…。3週間目ぐらいからポツポツと注文が入るようになり、2か月目には売上げが450万円に!「コレはビジネスになる」と確信することができました。その後、商品開発、販売促進、受注、配達のすべてをサポートする体制を整え、デリバリーをやっていない多くの有名店に賛同していただき、宅配弁当店のショッピングモール「ごちクル」の運営が始まりました。設立5年の今、従業員は300人近くまで増え、昨年から全国展開も開始。1号店の店名そうすけは曽祖父の名前からとったもので、今では「ごちクル」ランキング上位を獲得する人気店となっています。

- 今後の事業展開についてお聞かせください

地球上には60億人の人がいて、毎日何かを食べて生きています。美味しいものを食べることは人にとって、幸せなこと。今後は世界へ目を向けて、食べ物を通じて人々を驚かせたいと思っています。実は震災の時、注文・パーティ・会合などの予約がすべてキャンセルになり、このままでは会社が潰れるかもしれないという状態に。ですが1週間が過ぎると、復旧事業のインフラ設備に働く人々のためのお弁当の注文が怒涛のように押し寄せ、我々も復旧に少しでも尽力しようと、当時の全スタッフで受け答えし、製造からお届けまでフル稼働したのです。それは当社にとって、食べることを通して人々に安心感、幸せをお届けできた忘れられない体験になりました。今後はそんな感動を世界規模でもご提供できたらと思っています。

- 御社が大切にしている文化とは?

当社が大事にしている文化は「情熱」。私自身が情熱をもって仕事に取り組むのはもちろん、すべての社員が情熱をもって仕事をできる環境とチャンスを用意したいと思っています。そのためには、その人が望むポジションを用意してあげること。営業希望で入社してきたのに、経理をやることになったら仕事に情熱を燃やすことはできないはず。たとえば、他社と業務提携して出向する案件が出てきた場合は必ず社内公募し、手をあげてくれた人の中から適任者を選ぶようにしています。また、起業を考えている人は、机上の理論で考えすぎないことが大切だと思います。事業とはたいてい思うようにいかないものなので、情熱をもって行動し、ときに軌道修正しながら進んでいくことを私はオススメします。

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