“「ギブアンドギブ」の精神で全ての人に喜びを与える”

株式会社ウチヤマホールディングス
代表取締役社長
内山文治

インタビュー: 2014/09/30

高校卒業後、実家である内山米穀店を継承。米穀店が国の道路買収にあったことをきっかけに不動産業に興味を持ち、1971年に内山ビル株式会社(現・株式会社ボナー)を設立。1991年にはレストラン&カラオケ「コロッケ倶楽部」をオープンし、カラオケ事業を展開。2003年に介護施設を開所し、翌2004年介護部門を新設分割した株式会社さわやか倶楽部を設立。2006年、各事業会社の持株会社として株式会社ウチヤマホールディングスを設立。2012年4月、JASDAQ上場。2013年12月、東証二部上場。2014年9月、東証一部上場を果たす。

生年月日:
1941年
出身:
福岡県

- 幼少期のお話を聞かせてください

私は1941年生まれ、4歳の時に終戦を迎えました。食べるものも着るものも、何もない時代。進駐軍のアメリカ兵に「ギブミーチョコレート」と言っては、よくお菓子をもらっていました。そしてそれを自分で食べるのではなく、兄弟や近所の小さい子どもたちに分けていたんです。そうすると、みんな本当に喜んでくれました。その時の彼らの笑顔が、現在の私の原点になっています。人に何かを与えれば必ず相手は喜んでくれ、それが自分のエネルギーになる。ギブアンドテイクではない「ギブアンドギブ」の精神が培われました。また、我々世代以上の方は皆さんそうかもしれませんが、戦後の貧しい時代に育ったため「モノを大切にする」「人の心を大切にする」という思いは強いですね。もちろん悔しい思いもたくさんしましたが、それを乗り越えてきたからこそ今日があるのだと思っています。

- どのような経緯で事業をスタートされたのですか?

実家は米屋を経営していたのですが、父が体調を崩したため高校卒業後にその跡を継ぐことになりました。ここが私のビジネス人生のスタートであり、“商い”の全てを学んだ場でもあります。しかし数年後、この米屋の支店を出した場所が国の道路買収にあいました。そこで得たお金で土地を購入したところ、決済する頃には土地の値段がほぼ倍になっていたのです。そのことがきっかけで不動産への興味がふくらみ、「これはビジネスチャンスだ」と考え、不動産業への転換を決意。1971年に内山ビル株式会社を設立しました。

- カラオケ事業などを始められたきっかけは?

1991年の正月に銀行からの招待でゴルフに行ったのですが、その時のパートナーがカラオケ店の社長でした。彼が「カラオケは儲かる」と自慢するので、対抗心が湧いてすぐにそのお店を見に行き、「これなら自分にもできる」と確信したんです。当時は貸しビル業を中心に営んでおり、ちょうど空き物件があったので、それを活用してレストラン&カラオケ「コロッケ倶楽部」第1号店をオープンしました。

- 今や97店舗にまで拡大されていますが、その成功要因とは?

まず、カラオケ店としては全国でもさきがけとなる24時間営業を行いました。これは不動産業の経験から発想を得たもの。ビルやテナントは当然のことながら24時間貸すわけですから、カラオケ店も同様に考えたんです。また、店舗で提供する料理には非常に力を入れました。「歌う」だけでなく「食べる」ことに重点を置き、ファミリー層に多く来店してもらえるようにしたのです。それでも、第1号店オープンから半年ほどは赤字の状態が続きました。担当者と「もうやめようか」と話し合ったこともありましたが、ここでやめるのも癪にさわる。そこで、飲食により一層力を入れ、厨房もガラス張りのオープンキッチンにしました。さらに清潔感のあるトイレなど、徹底的にホスピタリティを追求したのです。当時のカラオケ店はコンテナ形式のものが多く、雨の日には傘をさしてトイレに行かなければいけなかったり、オーダーした料理が濡れていたりということがよくあったのですが、私どもの店ではそのようなことが絶対にないようにしました。それはまさに「ギブアンドギブ」の精神。お客様の喜びと笑顔のために、日本一の接遇とオペレーションを目指そうと考えたのです。

- 「ギブアンドギブ」の考えが全ての根底にあるのですね

介護事業を展開するようになったのもそうです。実は私は、もともと医者になりたいという夢を持っていました。家業を継いだためにその夢を叶えることはできませんでしたが、米屋をやっていた頃、配達に回る中で、家族が出かけた家で一人で寝ているお年寄りの姿を多く見てきました。高齢者は、終戦後の貧しい時代に一生懸命働いて今の日本を作り上げてくれた大先輩です。そのような方々へ恩返しの意味を込めて人生の仕上げができる場を提供したいと考え、1998年に個人資産2億円を寄付して社会福祉法人を設立し、介護施設を作りました。すると多くの入居を希望する声が集まり、その喜びの声に応えるため介護事業を本格化することにしたのです。

- 社内で大切にしている文化について教えてください

私は常に「人に喜んでもらう仕事をしたい」と考えています。人というのは、お客様や利用者様はもちろん、社員、取引先、全てです。ですから当然、社員が喜んで働くことができる環境作りを非常に大切にしています。そのせいか、当社では結婚や出産で退職する女性は少ないですし、親子二代で勤めている社員もいます。一度退職した社員が再び戻ってくることも多く、「Uターン制度」として退職時と同じ待遇で迎えています。また、「人の喜びを創造する」という当社の理念をよくあらわしているのが「サンクスカード」という習慣です。面と向かって言うのは照れ臭いような感謝の気持ちも、カードに書けば素直に伝えることができます。私も毎日書いていますし、社員同士や、時にはお客様からいただくこともあるんですよ。カードをもらったらお礼の気持ちを込めてカードを返す。それが良い循環になり、社員のモチベーションアップにもつながっています。

- 今後の展望についてお聞かせください

一人暮らしのお年寄りや高齢夫婦世帯に向けた配給事業を展開していきたいと考えています。あとは医療ですね。薬を処方すればいいという考え方ではなく、心を元気にしていくような医療。「病は気から」という言葉もあります。気持ちが豊かになって体も健康になる、そんな医療サービスを提供したいですね。

- 起業を志す方へメッセージをお願いします

人との出会いを大事にしてください。私自身、これまでさまざまな出会いがあり、その中からビジネスチャンスが生まれたこともたくさんありました。出会いを大事にするということは、信用が生まれるということ。「義理人情」というと古臭く聞こえるかもしれませんが、これは新しい言葉でもあります。若い人ほど大切にすべきことだと思いますね。

- 座右の銘を教えてください

「起きて半畳寝て一畳、天下取っても二合半」。私はそもそも欲というものがあまりないんです。当社が高い利益を出すことができているのは、社員全員が目標に向かって頑張ってくれているから。そこにあるのは、やはり「人に喜んでもらいたい」という強い思いです。人に喜んでもらうことを実行し続けていれば、利益というものは後からついてくる。これは私自身の経験からいえる信念です。

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