“DTP業界を牽引し続ける「温故知新」の精神”

株式会社モリサワ
代表取締役社長
森澤彰彦

インタビュー: 2014/03/28

大学卒業後、株式会社モリサワに入社。翌1987年にアドビシステムズ社と日本語ポストスクリプトフォントの共同開発で提携、同時に技術の習得のために数ヶ月間渡米。1989年から東京支店DTP課でデジタルフォントの普及に携わる。その後、東京支店営業二部次長、営業二部部長職を経て、1999年に取締役営業本部長として営業統括を担当する。2006年に常務取締役執行役員営業本部長、2007年に専務取締役執行役員営業本部長を歴任。2009年、代表取締役社長に就任。2003年より現在まで、公益社団法人日本印刷技術協会(旧 社団法人)、一般社団法人日本印刷産業機械工業会(旧 社団法人)、一般財団法人印刷図書館(旧 財団法人)の理事・常務理事・常任理事などの要職を歴任し、2014年3月時点では日本印刷技術協会と日本印刷産業機械工業会の副会長と印刷図書館の評議員を務める。

生年月日:
1963年
出身:
兵庫県出身
出身校:
獨協大学法学部

- 幼少時代のお話をお聞かせください。

私が育った兵庫県・明石市といえば、日本標準時子午線があり、鯛やタコ、アナゴなどが有名です。小・中学校の時は釣りや野球に夢中になるような子どもでした。幼稚園から中学までを付属校で先進的な教育に力を入れている学校に通いましたので、勉強は楽しかったと記憶しています。小学校6年から英語を習っていたので、中学を通して英語は好きな教科でしたが、一番好きな教科は体育でしたね。

- 家業に興味を持たれたのはいつ頃からですか?

家の隣にあった会社には文字デザインの部署があり、いつも遊びに行っては写植機に使用する文字のガラス盤を眺め、何に使うかは分からないものの「文字」に対する興味は人一倍強かったと思います。幼稚園から小学校に上がる時に当用漢字辞典を買ってもらい、春休み中ずっと文字を眺めていたのを覚えています。今は解消してしまいましたが、私が中学3年の時にイギリスとの合弁会社が設立され、そのビルの落成式がありました。その時に“これからはグローバルな時代を迎える。自分もそのなかで役に立ちたい”と強く思ったことがきっかけかもしれません。私の祖父が始めた会社ではありますが、親から家業を継ぐように言われたことは一度もありませんでした。

- 下積み時代もあったのでしょうか?

入社当初は、広く社内を見た方が良いということで経理・財務・営業・開発・業務など当時あった部署は1年間かけて全て回りました。実際に回ってみると、会社運営とは幅広い業務の集合体であること、モリサワは社員たちが非常に主体性を持って仕事に取り組む社風だということも分かりました。入社研修が終わり、営業部に配属だろうと思っていた矢先、アメリカのアドビシステムズ社との提携業務に伴う研修に参加することになりました。1987年のことです。当時のアドビは全世界でも50~60人しかいないベンチャー企業でしたので、その若いベンチャー気風を学んだり、世界のDTPマーケットを実際に見て、フォント製作の技術を吸収しました。

- 入社研修が終わってすぐに渡米されたのですね。

英語は嫌いではありませんでしたが、仕事となると話は別。ビジネスで使うとなるとここまで通用しないものかとショックを受けました。実際の仕事はプログラムやフォントを作る仕事ではなく、新しいDTPの登場で出版やデザイン業界がどう変化するかということをナビゲートする仕事でした。当時我々が販売していた印刷用の写植機にとって代わる「文字と画像が一緒になる」という新しい技術の開発と販売。当時は最先端すぎて理解されない技術でしたが、印刷・出版業界の明るい未来を背負っていると感じていました。それをどう現実にソフトランディングさせるか、今使用している機械とどう整合性を持たせるかなど、少しずつ時代を変えるお手伝いをしてきたと自負しています。実際にDTP製品が世に出回ったのは、開発開始から2年後の1989年でした。

- 世の中の反響はいかがでしたか?

アメリカのようにタイプライター文化があって、ダウンサイジングが進んだマーケットにおいてDTPは受け入れられやすかったようです。アメリカではまず企業内から利用され始めましたが、日本では印刷・出版業界の一部ハイエンドユーザが積極的に取り組みました。日米では流れが違いましたね。当初、私たちはモノクロの線画と文字と画像が統合されるだけで凄いと思っていましたが、世界最先端のソフトウェア会社が次々とDTPマーケットに参入し、毎月、新しい画像処理技術が発表されていくという進歩のスピード感。同時に、DTPの台頭により、それまで育ててきた電算写植機の業界は壊れていくかも知れないという恐怖心もありました。しかしモリサワという会社は、それまでも手動写植機全盛の時代に電算写植機を作って時代を変えてきた歴史がありました。つまり他者に壊されるのではなく、自分たちで新たな技術に置き換えていく力。それが弊社の強みだとも思っています。

- 社内に浸透している考え方などはありますか?

ショールームに古い機械が展示されていることに象徴されるように、人やモノを大切にする会社です。我々の業界は、活版印刷が手動写植機に、それが電算写植機に、DTPにと新しい技術に置き換えられながら進歩をしてきました。そうやって駆逐されてきた技術から学ぶことは非常に多い。例えば、文字が美しいことは当然のことながら、どう並べたら読みやすいかというのは実は活版組版の技術から学ぶことも多く、これを知らなければできないことなのです。以前は弊社の写植機を使用される方には、1ヵ月かけてじっくり指導していましたが、DTP以降はオペレーションや画像に関する教育ばかりになり、日本全体で組版教育を疎かにしてきた傾向があります。弊社では8年ほど前から文字組版教室を日本全国で開き、延べで3千名の方々に「文字の並べ方」から「本の組み方」までをお教えしてきました。背景には若い人たちが組版を習わずにDTPオペレータになっていることで、お客様から違和感を訴えられても何をどう改善したら良いかが分からないという問題があったからです。

- 社内の教育やユニークな社風などがありましたら教えてください。

新人研修は3ヵ月~半年程度、ただ営業に関しては研修を終えてから1年間は先輩について営業させています。また、適正を見極めるために色々な部署を回ってもらうようにもしています。社員同士でお酒を飲みに行くことも多いですし、社員旅行も数年に一度、北海道や沖縄に行きます。フットサルやランニング、テニスのチームには会社から補助もあります。

- 今後の事業の展開がありましたら、教えてください。

弊社のフォント事業は、紙の世界ではある程度のシェアを確保できましたが、これから登場する新しいメディアで、文字だけではシェアが取りにくくなると思います。ですので、電子書籍のソリューションやウェブでの文字表現技術など、マルチメディアでの技術を含めたフォント提供を考えています。また「日本語以外の言語をモリサワのフォント」でとのお声も多くいただきますので、各国のフォントベンダーとの提携や資本参加など、グループの強化を考えています。今年からカタログやチラシ、パンフレットなどをタブレットやスマホに配信できるサービスを始めました。B to CもしくはB to Bで配布される無料のデータを、ピンポイントで送ろうという取り組みです。

- 起業を志す若い人へのメッセージはありますか?

若いうちは失敗ができる貴重な時期です。大多数の意見に従わず、自分を信じて進んでほしいと思います。10人が10人賛成したことをやっても成功はしないと思うので。あとはマーケットをよく見極めること。思いが強すぎるとマーケットのサイズを見誤ることもありますので。

- 失敗談があれば教えてください。

失敗とは少し違いますが、社長を引き受けた時点で業績は伸びていたのですが、就任後すぐにリーマンショックや欧州発の金融危機が続き、そして東日本大震災も起こってしまい、タイミングとしては“どうして今だったかな?”という感じでしたね。

- 「温故知新」という座右の銘を掲げるようになったきっかけは?

小学校の時に通っていた書道教室の課題で「温故知新」が与えられました。自宅に帰ってことわざ辞典で意味を調べ、子ども心に「古きを知らなければ、新しいこともできない」という意味なのかと納得したのです。そこで代々続いている家業について、「こういうことなのか」と漠然と思い、これを座右の銘にしようと決めました。モリサワは外的・内的な環境変化によって、メタモルフォーゼ(生物学的変態)を繰り返して来ています。これをなぜ自らの手でやって来れたかと言えば、同じ事業ドメインで過去からずっと知識を蓄積してきたからできたと思うのです。そこから枝葉を広げることで、栄養吸収を増やして幹を太くしていく、そのように事業を大きくしたいと思っています。

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