“オリジナリティのあるアイデアで世界展開”

フィリアデザイン
代表取締役
中屋優大

インタビュー: 2014/04/04

1979年(昭和54年)神奈川県秦野市に生まれる。2008年にフィリアデザインを創業し現在も代表を努める実業家であり美術家。2009年に株式会社美人時計を創業し代表取締役に就任、2011年に退職。著作に「世界が恋した美人時計 大ヒットサービスが生まれたヒミツ」(サンクチュアリ出版)がある。

生年月日:
1979年
出身:
神奈川県

- どのような生い立ちだったのでしょうか?

美術教室に通ったり、ピアノを習ったりしていました。得意だったのは数学で5段階評価の5だったのですが、国語・理科・社会は1でした。父は「数学だけをやればいい」、母は「美術と音楽をやりなさい」と言っていました。ボーイスカウトに入っていてその影響でひたすら遊んでいました。大学教授の叔父に勉強を教えてもらい、学校では勉強をしていませんでしたね。高校には進学せず、九州をはじめ国内を転々としていました。時給500円くらいのアルバイトをして生活していたので、そのとき両親の有難さがわかりました。アメリカ人やブラジル人などと一緒に働いたり遊んだりしていたのですが、浅草とかコンビニとか何の変哲もない所に行っても楽しめました。24歳までそんな生活をしていましたが、その経験から多くを学ぶこともできました。

- 起業と美人時計が生まれたきっかけを教えてください。

25歳の時に1年に3度も交通事故に遭いました。いつ死ぬかわからないという危機感を感じながら、2年間ほど入退院生活をし、人生を真面目に考えた結果、”起業したい”にたどり着きました。PCが普及し始め、ネットがISDNからADSLに変わり快適になった時期で、皆がITビジネスを始めていて、知人からも影響を受けました。そこには面白いチャンスがあると勝手に想像していましたね。まずはWeb制作の下請けからスタートして、1年後に「美人時計」を制作。1年間その日暮らしだったので自分のメディアを持ちたいと思い、既存のサービスを洗ってこれなら実現できると思いました。その時に100案くらいアイデアを出したのですが、“シンプルでわかりやすい” “言語が不要” “海外普及が見込める” “売りやすい”と多角的に考えて決めました。当初はパッケージ化して1分間いくらという価格設定から始めたのですが、アプリ販売・ライセンス販売・企業様と提携するなど、だんだんとパッケージが増えていきました。

- 美人時計はどのようにヒットしたのでしょうか?

ヒットさせるために色々と仕掛けました。当初360人撮影したのですが、撮影時にモデルさんに「あなたは何時に出ますから見てください」と伝えていたのです。その360人が当時流行っていたミクシィで広めてくれて、その結果初日に1万PVになり、そこから倍々で増え、3ヵ月後には100万PVにまでなりました。その頃から上場企業様からの問い合わせが一気にくるようになって、マネタイズできるようになり、5ヵ月後に企業化したのです。

- ヒットしてからの展開はどのようなものでしたか?

オンラインの価値が問われていた頃なので、その間にオフラインへと向かい、O2OでスマホのGPS機能を使って特定の場所に集客するコンテンツを作成しました。今でもメディアは作っていて、たとえば企業様のコンテンツを作ってマーケットにはないメディアでメディア化するというネット事業を進めています。業界にはない革新的なものなのでやっていて面白いですね。一方、リアルに向かっても展開しています。アパレル事業なのですが、イギリスの素晴らしい製品を出すブランドと事業を進めています。

- 会社で大切にしている文化はありますか?

とにかく楽しいものを作るということ。それと、既存のサービスをリノベートして今までの世の中にないものを作る。できれば、特化したアイデアでイノベーションしたいと考えていて、それ以外はやらないと決めています。それから時間を大事にしています。ネット上でスケジュール管理をし、どこで仕事をしても良いことにして、大人としての自己管理に委ねています。通勤時間も1週間となれば1日分の仕事ができますからね。でも僕も寂しくはなるので、1週間に一度は皆と会うようにしています。

- 今後の事業展開をお聞かせください。

ビジネス的に当るだろうと思うものはいくつかあるのですが、面白いか面白くないかで実行するかどうかを判断しています。儲かることがわかっていても、面白くなければやりません。コンテンツとネットの技術を活かしながら、コンテンツの力を深めたいと思っています。「スポティファイ」がいい事例ですが、コンテンツをフリーにして、マネタイズの軸を少しずらしたアイデアと技術を他の業態に置き換えていきたいと考えています。それから個人的に、エレクトロダンスミュージックを展開します。音楽は感動があるからこそ、多くの人がサポートしてくれる。そこに魅力を感じています。ただ現状、会社として音楽事業を立ち上げても実績がなく、外部と関わりにくいので、まず僕自身が見本になり、費用をかけてPVを作りました。近々世界に向けてリリースします。余談ですが、「美人時計」で世界展開をした時、世界の壁ってけっこうフラットだなと感じました。カツラを飛ばすゲームアプリをリリースした時も、海外のダウンロード数が多かったですね。

- 起業を志す人にメッセージをお願いします。

自分だけでなく、人が楽しめる仕事を目標にするのが良いと思います。ただリスクも大きいので、自分のやりたいことができる環境が現在の会社にあるのなら、起業しなくても良い気がします。金銭面などで、自分の求めることがやりずらくなるという現実もあるからです。それから、よく友達と一緒に仕事をしない方が良いと言いますが、志を共有できるなら僕はしても良いと思います。何より信頼できますからね。現に今僕は、友人が紹介してくれた人たちと仕事をしています。

- 失敗談をお聞かせください。

「美人時計」で成功した後、そこに依存しないように離れた時が大変でした。最初から上手くいってピンチを経験することがなかったため、わからないことが色々とありました。たとえば契約書で失敗したり、支払いが滞ったりも何回も経験しました。まだ、未熟だったのですね。

- 座右の銘がありましたらお聞かせください。

「やればできる」です。“やりたかったらやろう”というニュアンスですね。もしあなたに夢があり実現したいと思ったなら、何をすれば良いのかあまり考え込まず、行動してください。失敗を積み重ねれば糧になります。辛くなったら夢を思い出してみてください。夢は情熱生み、諦めない心になります。あとは「やってなんぼ」だと思います。

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