“インセンティブマーケティングで人と情報をつなぐ!”

インフォニア株式会社
代表取締役社長
山口義徳

インタビュー: 2014/05/16

1972年生まれ。大阪府出身。大阪市立南高等学校卒業。高校卒業後、大手金融会社に入社。その後、数々の職業を経て、前職の写真加工会社に入社するも1年で倒産。ハローワークで株式会社チャンスイット(現:インフォニア株式会社)を紹介され2003年10月に入社。中途採用ながら入社3ヶ月でマネージャーに昇進、3年8ヵ月で2代目社長に就任。

生年月日:
1972年
出身:
大阪府
出身校:
大阪市立南高等学校

- 幼い頃のお話を聞かせてください

通天閣を見ながら育った正真正銘、ヤンチャな浪花の子どもでした。父は元プロボクサーで解体業を営んでおり、毎朝5時に出勤して絶対に仕事を休まない鉄の男。幼い頃の私にとって、力強くてたくましいヒーロー的な存在でした。その父の仕事場で遊び、手伝いもしながら育ったので、幼い頃から「自分で仕事をやってみたい」という思いがありました。また、実際に社会に出る前はブルーカラーで背広を着て、冷暖房完備のオフィスで働くなんて軟弱だと思っていたのですが、いざサラリーマンの世界に飛び込んでみるとこの世界の厳しいこと!人と折り合いをつけて頭を下げて仕事をする大変さは肉体労働にはない辛さです。思わず「親父、サラリーマンは辛いわ」とこぼしてしまいました。

- 様々な職種を経て、行きついた先で社長というのはユニークですね

高校生の時から肉体労働や飲食店、パチンコ屋など多くのアルバイトを経験して、「お金を稼ぐ重み」というのは身をもって知っていました。自分はアルバイトなのに、愚痴が多い従業員に対して「ネガティブな発言をしたら100円罰金」というルールを作るなど、皆をまとめたり面白いことを考えるのが当時から大好きでしたね。高校卒業後に大手金融会社に就職、その後何度か転職をしていったのですが、社会人3年目にバブルが弾けたんです。当時、大阪で広告代理店の営業をしていた僕は「本社(東京)決済だから」と断られることが多くなり、本当に悔しい思いをしました。それが大阪から東京に出て来たきっかけの一つです。その後、前職が倒産をした際にハローワークから紹介してもらったのが「株式会社チャンスイット(現インフォニア株式会社)」でした。入社当時は社員17名くらいの規模で、インターネットメディアで懸賞ビジネスを立ち上げた会社でした。当時の代表はシステムエンジニアでもあったので、ユーザー目線の使いやすさや仕組みを独自でリサーチして、それに合うようにサイト内の全てを自身で手掛けていました。そんな中、私は入社してすぐに営業責任者になり、人事・広報も同時に担当しました。そして会社全体の仕事の流れやお金の動きを把握していたこともあって、創立10年を節目に代表取締役へ就任しました。入社から3年8ヶ月のことです。

- 社長就任後を振り返ってみていかがでしょうか?

僕が入社した当時のポイントサイト業界は、情報開示や他社との連携などに二の足を踏む体質があったように思います。ただ、前代表とは「社長に就任するからには僕の好きにさせて欲しい」という約束をしていたので、就任後は積極的に同業他社様との連携に力を入れていきました。その結果、就任した翌年には年商が2.5倍の12億7,500万円になり、利益は3倍にまでなりました。また、システムエンジニアが立ち上げた会社なので営業出身の社長だとコンテンツ側のスタッフがやりにくさを感じるのではないかと考えました。そこで、不満が出る前に彼らを納得させたいと思い、個人の力でどの程度コンテンツ力を高められるか試してみようと、自身のブログ“ブロっていいとも!”を開始しました。そこで様々な会社の社長を訪ねてインタビューをし、面白おかしくブログに載せていたところ3ヶ月で社長カテゴリーでランキング5位になりました。有名企業や上場企業の社長インタビューを掲載すると、その企業の社員の方々や検索中に目を留めてくださった人も増えて、結果的にSEO効果もありましたね。そういった経験から、会社の代表として現場の気持ちも考えられるよう自ら実践することが大切だと思っています。

- 社長に就任されて何か変化はありましたか?

弊社を最後の会社にしたいと思って入社しましたが、その後社長になってスイッチが入りました。IT業界の年齢層は自分より確実に下ですし、僕より若い社長さんたちが大勢活躍している業界。会社を任されたという使命感で“これは燃えたろ!”と思いましたね。人によってスイッチが入るきっかけは様々だと思いますが、僕は社長になったことで今まで以上に情熱を持って仕事に打ち込んでいます。「冷静に現実を直視する」「全て自分の責任と考える」「全身全霊を込めて事業に打ち込む」というポリシーを掲げて、この言葉通りに取り組む毎日です。

- 現在、懸賞サイトのチャンスイット以外の収益が75%ということですが…

チャンスイットのほかに、ポイントを貯めて現金を獲得する“GetMoney!”というサイトも運営しています。こちらはユーザーが非常にアクティブなのが特徴で、一度に470万円分のポイントをキャッシュバックしたユーザーもいました。年収に匹敵する程の金額ですし、さすがにびっくりしましたね(笑)このほかにデート情報サイト“デート通”や、季刊誌『デートスペシャルなび』などの若年層向けコンテンツも提供しています。雑誌が売れないと言われる現在でも、この『デートスペシャルなび』に関しては黒字を計上しています。広告代理事業では弊社がメディア・バイイングをしており、ポイントサイトのようなネット広告に限らず、雑誌・テレビ・映画・ラジオなどの枠も販売をしています。もともとポイントサイト同士というのはライバル意識が強かったのですが、直接弊社のチャンスイットや“GetMoney!”の広告を求めるクライアント様に対して類似サイトを紹介できれば、媒体としても、ひいてはクライアント様のためにもなると考えています。また、自社の広告収益としてフラッシュを使ったアニメ動画広告や、アンケートリサーチなどの広告メニューもあります。一度弊社媒体でご実施いただいた後もポイントサイトのネットワークを利用し、最大2,000万人のユーザーにリーチが可能です。また、今後に関しては懸賞やポイントを利用したインセンティブマーケティングで取扱高シェアNo.1を目指します。

- 社内で大切にしている文化のようなものはありますか?

社員には平等にチャンスを与えたいと思っています。表舞台に立たない人もチャレンジし続ける人も同じように評価されるべきだと考え、360度評価のMVP制度を導入しました。3ヵ月間での成果点を発表して、一人一人がMVPだと思う人に投票します。役員は一切投票権がなく、社員それぞれが考える評価基準で判断します。そうして社員が選ぶ『最も会社に貢献をしたMVP』を決定し、3年以内にMVPを3回獲得すると昇格するというしくみになっています。ちなみに、MVPを4回獲得して部長になった若手社員もいます。

- 起業を志す人へのメッセージをお願いいたします。

自分は「0-1」が得意なのか、「1-10」が得意なのかは見極めた方がいい。起業するというのは確実に「0-1」体質が必須で、0を1にするにはアイデアが100通りも1000通りも必要です。僕はソフトバンクの孫さんの後継者育成を目的にした「ソフトバンクアカデミア」に通っているんですが、孫さんに「脳みそが千切れるほど考えないと社長にはなれない」と言われました。このソフトバンクアカデミアは100名の社外募集に対し、応募者11,000人という合格率1%未満の超難関でした。これに挑戦して、自分が会社の外の世界でどの程度通用するのか知りたかったんです。合格しても1年間で下位20%の人がふるい落とされるという苦境の中でも、現在までアカデミアに居続けることができています。社長業をしながらアカデミアのレポートも課題もプレゼン準備も…というのは正直簡単なことではないですが、僕が戦っている姿を言葉だけではなく背中で社員に見せられるよう頑張っています。

- 座右の銘はありますか?

山本五十六の「やってみせ、いって聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ」という言葉です。「やって見せること」がリーダーシップの原点。社長になってからもテレアポが得意でない社員の前で営業の電話をかけたことがあります。社長ブログ同様、まずはやって見せる。その背中を社員に見せて、ついて来てもらえたら嬉しいという気持ちです。この言葉に繋がる原体験が…大阪にいた頃、叔父と車に乗っていた時に後ろの車に追突されたことがありました。とりあえず止まって、叔父がぶつけてきたドライバーと話をしていたのですが「ほな」と言ってすぐに車に戻ろうとしたので「警察呼んだり、事故の手続きとかしてもらわへんの?」と聞いたら、「大した傷やない。今度お前が人の車にぶつけた時に許してくれる人が一人増えたやろ」って一言。子供心になんて格好いいんだと思いました。「人を許す」ということを目の前で体現してもらえたことが今、人の上に立つ身になって非常に役に立っています。

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