“近大マグロで養殖魚のおいしさを伝えたい”

近畿大学水産研究所
所長・特任教授
宮下盛

インタビュー: 2014/05/23

近畿大学農学部水産学科卒業。1966年より海水魚類養殖の父、故・原田輝雄博士に師事。1968年近畿大学水産研究所白浜実験場副手。1970年に水産庁が立ち上げたマグロ増養殖に関する初めての研究プロジェクト「マグロ類養殖技術開発企業化試験」に当初から参画する。2001年に教授。2008年から水産養殖種苗センター長、2011年から水産研究所長(兼務)。著書にクロマグロ完全養殖(共編著:成山堂書店)、海産魚の養殖(共著:湊文社)などがある。一貫してヒラメ、マダイをはじめとする海水魚類の種苗生産・完全養殖技術開発に従事にしてきた。

生年月日:
1943年
出身:
神奈川県
出身校:
近畿大学

- 水産業に入られたきっかけをお聞かせください

父は医師でしたが太平洋戦争で戦死し、母一人子一人で育ちました。小中学は箱根で育ち、芦ノ湖で魚釣りばかりしていました。周りからは医師になるのだろうと言われていたのですが、私は勉強が嫌いでしたので、大学は水産学科のある鹿児島大学に行きたいと思い、合格もしていました。ところが水産関係の教員をしていた叔父に、特急つばめで25~6時間もかかる遠いところよりも近畿大学はどうだ、できたばかりの無名大学だけれど最近は魚の養殖という面白いことをやっているよと勧められ、素直に従って進学したのがきっかけです。

- 近畿大学の印象はいかがでしたか?

リアカーで物を運ぶので肉体的に大変でしたが、魚を育てることができる喜びで頑張れました。海水魚の養殖や稚魚から育てることがまだ始まったばかりで、一つ一つが新しく感じられて面白かったです。卒論は「マダイの人工ふ化の研究」でした。当時の餌は動物プランクトンの良い物がなくて、ウニやカキの卵を水槽の下に敷いて食べさせていました。ブリの養殖が始まっても、同じように餌を食べさせていました。卒論発表のときにこれをどう思うか問われて、魚が下に行って餌を食べるのは不自然だという話をしました。それが今でも印象に残っています。

- 近大マグロが商品化されるまでのお話をお聞かせください

クロマグロの人工ふ化は水産庁のプロジェクトで、最初から難しいことの連続でした。まず、卵だけを採るということは無理なため天然の稚魚を育てて親にして、そこから卵を採ろうと考えました。ですが、稚魚を獲ってきて生簀で育てることがまずできませんでした。それが最初の関門です。そこでソウダガツオやハガツオなど、マグロの親戚で育てる練習をしました。昭和45年からキハダを研究し、餌もわかってきて稚魚まで育てることができるようになったのです。マグロが卵を産んだ時にも同じ方法で稚魚を育てることでスムーズにできました。でもそこからさらに大きく育てることができず、どんどん死んでいってしまったのです。しかも、その理由がわからない。一ヵ月半、体長にして10cm以上には育てられませんでした。昼間は普通に泳いでいるのですが、朝になると死んでいる。ブリやマダイの養殖では経験したことがない壁だったため、難しいなと感じました。その後11年間卵を産まない時期があり、プロジェクトがストップ。そしてなんとか平成6年に再び卵を産むようになり、一からやり直しました。そこで、泳ぐスピードや成長に伴う筋肉の発達などを全部調べたところ、推進力の尾ヒレはすぐに成長しても、ブレーキやハンドルにあたる胸や腹・背のヒレの発達は遅いことがわかりました。マグロは障害物のない太平洋で獲物をとるために泳ぐスピードが速い。でも、狭い水槽や生簀(いけす)の中ではブレーキやハンドルの効きが悪く、ぶつかって脊椎を骨折してしまっていたのです。衝突死が一番の原因とわかり、生簀を親と同じ大きさの直径30メートルにしてみると、だんだん生き残るようになりました。でもそれだけでは、稚魚には餌がどこにあるかわからず効率が悪い。そこで学生が光を当てみると、功を奏して12メートルの生簀でも大型の生簀と同じくらい生き残るようになりました。ですがまだ30%くらいの生存率ですので、今後も研究の余地は大いにあると考えています。

- 水産研究所に共通した文化はありますか?

マグロの養殖を国や県の研究機関はやめてしまったのに、なぜ近畿大学だけ最後までできたのかよく聞かれるのですが、それは研究所の誕生に理由があると思います。初代総長の世耕弘一は、この研究所を近畿大学の創立前に作っているのです。戦後間もなく食べ物がない時代に「海を耕せ」と言い、設立しました。かっこいいことを言って設立しましたが、翌年に近畿大学が創設されても資金はありませんでした(笑)自分たちで魚の研究をして、それを売って資金を稼がなければ研究が成り立たなかったのです。かつては水産学会に行くと「近畿大学は魚を売って商売している、そんなのは研究じゃない」と言われていました。ところが20年ほど前から文科省が「国家予算に頼らず、近畿大学のように自分たちで費用を稼いで大きな研究をしなさい」と言うようになり、風向きがコロッと変わったのです。近畿大学の場合、先見性と必然性からそうなったのだと思いますが、儲けないとやっていけないという仕組みから始まったことで、研究資金は自分たちで調達するという文化になったのだと思います。

- 今後どのようなことに挑戦されるのでしょうか?

これからも儲かる養殖業とは何かを考えていかなければなりませんが、さしあたっては餌の問題です。南米産の魚粉を原料にした配合飼料を開発して使用してきましたが、価格が高騰しています。魚の養殖は今まで日本が先頭を切ってきましたが、欧米や中国でも盛んになり餌の取り合いになっているからです。魚粉の使用を抑え、大豆粕やトウモロコシなどの植物性たんぱく質を主原料にした餌を研究開発し、餌代を抑えたいと考えています。また、日本の人口構造やグローバル化を考えると、養殖も輸出しないと浮上できないと考えています。そのためにはマーケティングが重要になります。ですから昨年、大阪と東京の銀座に店舗を立ち上げました。かつては良くないイメージもあった養殖魚は、今では安全安心なのはもちろん、味もすごくおいしいものになっています。天然ものが良いという信仰がありますが、今の養殖魚は負けていないことを多くの方に知っていただきたい。近畿大学のクロマグロは完全養殖ですので稚魚をとる必要がなく、天然資源に手をつけていません。ロックフェラージュニアがブルーシーフードガイドというものを作成し、その中で大西洋のクロマグロは絶滅危惧種としてレッドに認定されていますが、近大マグロは安心でいくら食べても大丈夫だとブルーに認定されました。そしてお店は公式サステイナビリティパートナーの第1号店に指定されたのです。こうしたことを輸出に際しての売りにしていきたいと考えています。

- 座右の銘はございますか?

「継続は力なり」です。原田先生が私の学生時代によく言っていた言葉です。「クロマグロの完全養殖は大変だったでしょう」と言われますが、歯を食いしばって頑張ったという気持ちはなく、営々とやらなければいけないからやってきたという感じです。

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